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むしろ「ガンダムビルドダイバーズ」のほうが「キラッとプリ☆チャン」よりも「プリパラ」の後番組な件 [メディア・家族・教育等とジェンダー]

いろいろと注目に値する内容を包含していたアニメ「プリパラ」ですが、ラスト1年間の「アイドルタイム プリパラ」とタイトルを微変更していた期間も含めて合計4年近く続いた番組が、2018年3月にて終了しました。

 【プリパラ関連記事】




もちろん後番組はあります。

いわば「プリパラ」の前身であった「プリティーリズム」から連なるプリティーシリーズの新たな看板です。

その名も『キラッとプリ☆チャン』!

 BL180525gBD-VR_01.jpg
※当記事中の画像は各作品公式のサイトよりキャプチャ

……(商業的にライバル番組である)プリキュアシリーズの「キラキラ☆プリキュアアラモード」と「HUGっと!プリキュア」を足して2で割ったようなタイトルだとは、思っても言わないのがお約束というものかもしれません。

ただでさえか新番組への移行を機に火曜の夕方からプリキュアと同じ日曜の朝に放送時間も変更になり、同様にタカラトミー系列がスポンサーとなりジャンル的にはさらにプリキュアに近い変身少女ヒーローものである『魔法×戦士 マジマジョピュアーズ』と合わせて、同時間帯は女児向けとされる番組が戦国時代となっています。

とはいえ「番組」としてはライバルであっても「作品」としては共犯関係というか一種の相乗効果を互いに担い合ったりしているのもこのジャンル。
視聴者的には層が厚いコンテンツのラインナップに一気に接することができて嬉しい悲鳴という一面もないではありません。

「キラッとプリ☆チャン」もまた、従前のアイドルアニメとしての鉄板のフォーマットと、主人公たちが動画サイトにチャンネルを開設して番組を配信するという、きわめて今風の旬な題材を組み合わせた、なかなか意欲的なつくりの新番組だと言えます。

大人が観ても楽しく、直接的なターゲットとされる子どもたちに対しては確実に今を生きるヒントを示して将来へ向けてのエンパワーメントを期する内容になっているのは間違いないでしょう。

 →「キラッとプリ☆チャン」公式サイト@タカラトミーアーツ
http://www.takaratomy-arts.co.jp/specials/prichan/

 →「キラッとプリ☆チャン」テレビ東京番組サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/prichan/


  


一方、上述のとおり放送時間の変更があったために、番組枠的な後継作品である「キラッとプリ☆チャン」とは別に、テレビでの放送枠的な意味での後番組にあたるものも存在することになります。

2018年3月まで「アイドルタイム プリパラ」が放送されていた火曜夕方5時55分において4月から始まったのは、さて何でしょう。

それがコチラガンダムビルドダイバーズ』!

 BL180525gBD-VR_02.jpg

ガンダムなので、当然にプリパラとは番組制作会社やスポンサーの系列は異なり、作品としての関連性はなく、純粋に放送局の番組編成の都合でプリパラの後番組の枠に配置されたのだろうことは想像に難くありません。

そんな「ガンダムビルドダイバーズ」ですが、ガンダムシリーズの中では、おもなガンダム作品が私たちの現実世界と同様にテレビで放送されるなどしていたアニメであるというような世界観の中で主人公らがガンダムのプラモデル「ガンプラ」に親しみ、その作ったガンプラどうしを特殊なテクノロジーを用いて戦わせて遊ぶという設定だった「ガンダムビルドファイターズ」の系譜に位置すると言えます。

 →「ガンダムビルドダイバーズ」公式サイト
http://gundam-bd.net/

 →「ガンダムビルドダイバーズ」テレビ東京番組サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/gundam-bd/


そしてこの新作「ビルドダイバーズ」が前作「ファイターズ」の設定と最も異なるのは、「ファイターズ」では作中の現実空間でガンプラバトルを行っていたのが、「ビルドダイバーズ」では主人公らが製作したガンプラを3Dスキャンすることでデジタルデータとして取り込み、オンラインゲームの世界というサイバー空間でバトルが繰り広げられる点。

バトルミッションへの参加以外でも、さまざまなイベントが開催されたり、ロビーで他のログインしている「ダイバー」と交流したりすることなどもできます。
そのあたりいかにもオンラインゲームの世界という感じでしょう。

事前の番組紹介のネット記事でも、

電脳仮想空間内で、ガンプラを使用したさまざまなミッションを楽しめる最新ネットワークゲーム「ガンプラバトル・ネクサスオンライン(GBN)」

ネットワーク世界にダイブしてガンプラバトル

 …というような記述がなされています。
※マイナビニュース 2018/02/02
「ガンダム」最新TVアニメは『ビルドダイバーズ』、仮想空間で熱烈バトル
https://news.mynavi.jp/article/20180202-579921/


……………


待って、ソレって……


つまり、


……プリパラじゃね!?


(^^;)


事実、アニメ『プリパラ』作中世界における《プリパラ》とは、何らかのデジタル技術に立脚したサイバー空間内にVR――バーチャルリアリティ世界を架構し、そこに各自がログインしてアイドル活動を楽しむというものでした
(その《プリパラ》と、現実世界でのアーケードゲーム筐体が照応するという形でのメディアミックス展開でした)。

アニメ作中で明言は避けられていましたが、例えば何か予期せぬ怪異現象が起きたときに「システムのバグ」のように語られたことはありますし、マスターコントロールルームのパネルでメモリーカードから読み込んだデータを用いて《プリパラ》空間内の時刻や気象、その他の事象を操作する描写もありましたから、これは妥当な解釈でしょう。

要は今般の「ガンダムビルドダイバーズ」は、作中の電脳仮想空間のサービス名称が《プリパラ》から「ガンプラバトル・ネクサスオンライン」略して《GBN》に、「プリパラ」でのアイドル活動がガンプラに、アイドルとしてのライブがバトルに、それぞれ置き換わっただけで、実質的には同じようなお話なのではないでしょうか!?


実際、第1話の放送が始まるやいなや、ツイッター上などでは「これはプリパラ!」といった声が複数あがりました。

そうして、その後も回を重ねるごとに積算されていくプリパラポイント。
なんというかプリパラでのあれやこれやと一対一対応する事柄が、マジありすぎる。

主人公らが放課後にログインの拠点となる店舗へ向かう様子とか、仮想空間内のいろんなシステム(受付カウンターでバトルのエントリーしたり、バトルをこなしていくことでランクアップしたり、日時限定のスペシャルイベントが開催されてたり)とか、仲間を集めてチーム(GBNにおいては「フォース」と呼ばれる)結成とか……
(あと「フレンド登録」は「トモチケをパキる」ですね)。

これはもはや、まさしくプリパラの後番組!!

…まぁそのあたり、細かくもオタい点を列挙していくとキリがないので、ソコはすでにブログ記事にまとめておられる方もいますし、そちらや、その他適宜検索していただくことにしましょう。

 → 「ガンダムビルドダイバーズ」が「プリパラ」だった件。/プリキュアの数字ブログ
http://prehyou2015.hatenablog.com/entry/2018/04/26/211636


しかし、とにもかくにもコノ符合は、ジェンダー観点からも非常に興味深いと思えます。

ガンダムは男の子向け番組。
プリパラのようなアイドルものは女の子向け番組。
マーケティング的にはたしかに主にそのように扱われているでしょう
(ガンダムビルドシリーズでは女性顧客の開拓が多少は意識されているものの)。

しかし作品として描かれる内容は、そうした区分から抱きがちな予断と偏見を超越して、思いのほか近接しているという真実がここにあるわけです。

上述したようなディティールとしての一致点のほか、物語の核心もまた、仮想空間内での取り組みを通じて、主人公らが自らの課題を克服しながら、仲間とともに友情を深めながら成長していくところにあるのは共通しています。

その意味では、この2018年、これは女の子アニメ、こっちは男の子アニメ……といった相違は、人々の因習的な思い込みの中にしか存在しない、という誤解を恐れない極論もあながち極論ではないと言えるでしょう。

  


さらには、プリパラとGBNの共通項が電脳仮想空間だというのも2018年っぽいところではないでしょうか。

もとより『ソードアート・オンライン』をはじめ、ポピュラーカルチャーの分野では前例も少なくない設定なのはもちろんです。

そしてそんな中で現実にも、VRにかかわるテクノロジーが急速に進化し、「バーチャル・ユーチューバー」などが注目される昨今、サイバーなVR世界は多くの人の関心を集めています。
子どもたちにとっても興味津々な最新流行の案件でしょう。

ですから今、男の子向け・女の子向けという枠組みの如何を問わず、子ども向けマーケティングで制作されるアニメの作中に、デジタルでサイバーな仮想空間が登場するのも必然です。

「キラッとプリ☆チャン」は、主人公らの活動の中心である動画配信の場は作中での現実世界でのものと設定されているので、仮想世界度・バーチャル空間としての水準は、一見すると前作「プリパラ」よりも後退しているように解せなくもありません。
しかしこの2018年にあっては、ユーチューブなどの動画配信というのは、何らかのバーチャルな場・ネット上の仮想的なフィールドとしては、今いちばんリアリティがある存在でもあります。
アニメの設定が、そういうところにピンポイントで狙って寄せてきたのだとすると、これもまたシリーズとして適正妥当な進化だと肯けるところです。

いずれにせよ電脳仮想空間は、この先どんどん私たちにとって身近な存在になっていくにちがいありません。

ましてや、今のところフィクションの物語の中だけにとどまっている近未来的な電脳仮想空間ではなくとも、相応に高度なCG技術に基づいたオンラインゲームは今日すでに一般的ですし、ツイッターやLINEを含む何らかのSNSもまた大勢の人どうしのコミュニケーションのための仮想的な場としてごく日常的なものです。

今の子どもたちの世代にとっては、そこにコミットすることは今後ともほぼ不可避。
仮想世界・バーチャル空間にかかわるリテラシーは、学ぶべき生きる力として必須科目となっていると言っても過言ではありません。

そう考えると、やはりこれらのアニメの方向性は、非常に正しいものだということになりましょう。

なにより、仮想世界・バーチャル空間というフィールドは、社会における他者との相互行為における自己像を、自分自身があるべき自分・なりたい姿へと調製することが、現実世界におけるさまざまな制約を超克して、より自由自在に可能でありうる場でもあります。

実際、何らかのオンラインゲーム内での自分のアバターを、現実の自分の容姿・属性とは異なる様相に設定することは珍しくないケースでしょう。
ツイッターやLINEでの自アカウントのアイコン画像は、自撮り実写にする必要はまったくないのですが、仮にそうする場合でも写真加工アプリなどであれこれと「盛った」ものに改変することがこれまた日常茶飯事です。

もちろん、そのようなことの要素のひとつには性別】も含まれるのは言うまでもありません。

そうした営為のシミュレーションとしてひとつのモデルケースを示すという意味でも、この種の設定のアニメ作品が果たしている役割には大きな意義があるのではないでしょうか。


例えば「ガンダムビルドダイバーズ」では、メイン主人公・リクこそ、GBNにログイン後のアバターも現実世界でのミカミ・リクにおおむね準拠した外見となってはいます。

まぁさすがに、メイン主人公の容姿が仮想空間にダイブしたらゼンゼン別のものに変わるというのは、アニメ番組の表現としてわかりにくくなる危惧があるのはわかります。

しかし、その友人でありGBN内でもチームメイトともなるモモは、(作中の)リアルでのヤシロ・モモカの姿に対して、微妙にコントロールが加えられています。

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匙加減はまさに「プリパラ」での、メイン主人公・真中らぁらが《プリパラ》にINする前後とパラレルですね
(「プリパラ」では、《プリパラ》の中では「自分にいちばん似合う自分になれる」とされていました)。

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※厳密には、こちらの引用画像でのプリパラログイン前に相当する真中らぁらの姿は、システムのバグでログイン後の姿もライブ開催時を除いてログイン前と変わらなくなってしまったときのログイン後のもの


ガンダムビルドダイバーズ公式サイトでは、こうした点については

GBNのプレイヤーはユーザー登録の際に作成した自分の分身、『ダイバー』の姿で行動する。ダイバーの性別、姿に制限はない。男性であっても女性キャラになれるし、見た目がフェレットの姿であっても問題はない。もちろん服装も自由

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……と明言されています
http://gundam-bd.net/special/02.html
(ミッションクリアやイベント参加で入手できる限定コーデのような、ゲーム演出上の制約の付加はあるようですが)。

てゆーか、この公式サイトで解説役を買って出ている、GBN内でのガンプラバトル世界大会準優勝チームを率いるロンメルさんが、そもそも可愛らしいモフモフの動物態(本人によるとフェレット)なわけで;

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そしてココで、性別だって変えられる点が、特に言及されてるのも注目です。

……なので、世界大会チャンピオンのクジョウ・キョウヤさんだって、GBNのアバターでは好青年ですが、リアルでどんな人なのかは無限の想像の余地があることになります
(現時点ではGBNの中でしか作中に登場していない)。

個人的には「じつは女子小学生とかオモシロイと思うんですけどねぇ~(^^)
(ソレで二次創作小説1本書けそう;)

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あと「性別」という点で興味深いのはマギーさん

やはり上位ランカーで、持ち前の親切心(ないしは上位ランカーとしてのノブレス・オブリージュ?)からGBN内のロビーで初心者に声をかけて案内する役回りなどを担ったりもしています
(ソレ、やっぱりプリパラで神アイドルになったらぁらがやってたことと同じやデw ……髪の色も同じやし;)

……なのですが、このマギーさん、じつはいわゆるオネェ言葉で話す、いわゆるオカマキャラなんですね。

むろん、そういう人物像に対して誰も何も不審がったりバカにしたりはしない。
みんなごくフツーに、そういう人がいるのもアタリマエとして自然に接しています。

今どきのクォリティとしては、それはクリアすべき当然の基準でしょう。
それゃぁもう2018年ですヨ!
翠星のガルガンティア5話問題」だって5年も前だ。

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ただ、よく考えてみましょう。

仮想世界・バーチャル空間の中ではアバターの容姿・属性は思いどおりに操作可能なのです。
「GBNの中では性別も自由」は公式見解です。

つまり、リアルではたとえ「キモいオッサン」でも仮想空間内では美少女になれるはずなのです、なりたければ
(実際に私たちの現実世界でそういうニーズが一般に思われている以上に広汎に存在している件は、また別のお話)

にもかかわらず、あえての「オカマキャラ」チョイス。

コレは話が2周ほどまわったうえでの、ものすごく新しいことなのではないでしょうか。

(プリパラのレオナはまた話の位相が少し異なるので別枠とすると)『魔法つかいプリキュア』のフランソワさんが、このテの描写では最前線だったわけですが、このマギーさんはその斜め上に位置すると言ってもよいかもしれません。

 【参考:『魔法つかいプリキュア』のフランソワさん】
https://twitter.com/tomorine3908tw/status/825552998189314049


積極的に自ら選び取るものとしてクィアな表象を意図的に引き受ける――。

それはそのクィアな表象の社会的な意味付けを書き換え、従来は付与されてきたスティグマを除去する効果さえあるかもしれません
(「クィア」という言葉がそうされたように)。

少なくとも『ガンダムビルドダイバーズ』のアニメで、マギーさんのキャラ造形に何か意味があることに触れるエピソードが今後あるのか、それとも特に触れずに「これも普通。トランスジェンダーに理由は必要ない」で行くのか、いずれにしても、これは大いに意義深いと思います。


思えば「性別」とは、いったい何が本質なのでしょう?

そして、自己と他者が社会的に関係するうえでの相手や自分の「性別」における「本当」とは、はたしてどういうことなのでしょうか??

少なくとも、何らかのサイバーなネットワーク上の空間、仮想的なコミュニケーションの場においては、そこに呈示されたアバターなりそれに準ずる情報開示がすべてです。

それをもとに判断できる範囲のことが、「性別」も含めて、その人の「本当」として、それ以上でもそれ以下でもないのではありますまいか。

そして「…でも現実世界ではこんな人なんじゃないの?」の現実世界でのありようを「本当」と置くほど、「現実世界」には世界認識の基準・標準たるだけの正統性があるのでしょうか!?

だいたい、自己と他者が社会的に関係する際の相互行為のステージに呈示された情報を通じてその場に生成される解釈が、自分や相手の「性別」やその他の属性・為人の核心なのは、電脳仮想空間でも現実世界でもたいして変わりはありません。

「本当の性別」は存在しない―― のだとすると、やはり電脳仮想社会は、そのことを体験的に実感する経験値を積み立てるための絶好のフィールドだと言えます。

そして、その観点からも、今般の「プリパラ」から「ガンダムビルドダイバーズ」への流れは、非常に尊いと評価できるのではないでしょうか。


◎こうした仮想空間・バーチャルなコミュニケーションの場で用いるアバターをめぐるあれこれから逆照射すると、結局は現実世界での「本当」の根拠ともされがちな各自の身体的実存・肉体もまた、あくまでもソレは「現実世界用のアバター」だという解釈も成り立ちます。
そして服飾や化粧はアバターを自分好みに装飾る営為の一環であり、デジタルなシステム内よりは身体的特徴の改変に制約がある中での美容整形や、もっと言えば性別適合手術なども、その延長上に位置すると捉えることが可能になってきます。


◇◇




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共通テーマ:アニメ

佐倉満咲、高校を卒業&大学に入学する [今週の佐倉満咲]

さて5月も下旬となりましたが、我が娘・満咲さんは、関連前記事「佐倉満咲、大学受験に取り組む」の時点の後、当記事標題のとおり高校は無事に卒業し、すでに4月より関西地方のとある私立大学の社会学系の学部の学生となっておることを報告いたします。

高校生活は、前記事「バレンタインデーは友情の迷宮2017」でもまとめてあるように人間関係にかかわる面倒が相応にあったものの、総体的には楽しく充実していたようで、卒業にあたってはけっこうな感慨もあったようです。

てゆーか親の立場としては、子の高校時代までもがもう終わってしまったことに喫驚の限りですワ;
時の流れの速さはコレ以上いかんともしがたいものなのでしょうか。

で、現在は新生活の中で、これまた機嫌よく毎日キャンパスライフを満喫しているようであります。

また今後はいろいろあるだろうし、おそらくは何らかのセクマイ事案とも遭遇するのだろうとは思いますが、すでに中学時代あたりからお断りしているとおり、本人や関係者のプライバシー・個人情報への配慮や、そもそも聞かせてもらえる範囲自体が話の全容のうちの一部であったりするので、このブログで紹介できることは限られております。
(てか高校でも実際どうも何かセクマイ事案があったみたいなんですよね~;)
そのあたりは、今後ともあしからずご了承くださいノ

&現状、そんなわけなので今般の卒業~入学に関連して詳述できる範囲の内容だと、特に新ネタはなかったりもしますので、そこは過去記事から推量いただけると幸いです。



ともあれ大学生です。

高校までは制服がありましたが、ソレもなくなるので毎朝の服選びなどは大変になることが予想されました。
なので、いちおうワタシとしては必要に迫られれば服を貸す心づもりもしておきました。

「『わ~ ミサキちゃん、その服カワイイ! どこで買ったん??』
 『あぁ、お父さんに借りてん』

 ……みたいな会話をするハメになったら、その後ひとしきり説明する面倒が発生するから気をつけるように」

「あっ、じつは前に(高校時代に休日にみんなで遊びに行ったとき)すでにソレ言いそうになったことあるw」

…………もうあったんかよ(^^;)


ただ、蓋を開けてみると、実際には借りに来ることが多いのは、服よりもむしろ本ですね。

さすが社会学系の学部の学生。
親の書棚とニーズが一致してしまうわけです。

そんなこんなで、さしあたり社会学の入門書などを薦めつつ、

「社会学概論みたいな授業なん? …ということはデュルケムとかやった?」

「デュルケム!! いた。今日出てきた!」

「………(やっぱり;)」

「それに、えぇーと、テンニース」

「ゲマインシャフトとゲゼルシャフトか!(ということは次はジンメルあたりかな?)」

みたいな謎会話も捗ることになってしまっています。

……コレ、この先やっぱり授業のレポート課題の助言とか卒論の「影の指導教官」とかさせられるやつや;;;


◎上述の「カワイイ服、お父さんに借りた」のデンで行くと、その意味では「その本の著者、アタシの元父親」をリアルに言う機会もそのうちやってくる!?!?


  
★「社会学の入門書」の代表例と、「アタシの元父親の著書」(^^ゞ

あと、やっぱりというかなんというか、入学後に出会ったいろいろな人間関係の様子を伺う限りでは、どうもまた高校時代に引き続き「ただの友だちの男子」がいっぱいいるし、中でもとりわけウマが合う相手はいるみたいですねぇ。

この先「『男女間の友情は成り立つか?』2019」みたいな記事にできるかどうかは神のみぞ知る;
(なので、まずは「いいぞもっとやれノ」ですネ)

ただ、これら我が娘・満咲らの実践を間近で見るに、やはり「男女間の友情は成立しない」というのはソレが本質的に(例えば「生物学的に」)そうなのではなくて、男女間の(「恋愛」に該当しない親密性としての)友情が継続的に成立されることが困難になるくらい、それを阻害する要因が現行世界には周到に執拗に敷設されている社会環境にあるために、結果として事実上ソノ命題が真にさせられてしまっている……というのが実態なんだなぁと切に感じます。

せめてもう少しでも「好きの多様性」の方向へ世の中が広がるとよいのですけれど。


◇◇


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バレンタインデーは友情の迷宮2017 [多様なセクシュアリティ]

本日はバレンタインデー
これについては過去にも何回か言及してきました。






ちなみにこの2018年においても「Googleのバレンタインデーには性別がない」仕様は継続しているようです。
さすが Google、よくわかっていますネ。


で、我が娘・佐倉満咲さんについては、前記事のとおり受験でそれどころではなく、しかも高校3年生はこの時期には登校しなくてもよいということもあって、ある意味久しぶりにバレンタインデーにまつわるあれやこれやとは全く無縁の2月14日を過ごしてはったりするのです。

ただ、昨年をふり返ると、ツイッターにはこのようなことが記されています
(というわけで直接的にはネタは去年のものなので、タイトルの「2017」は間違いではないのですノ)


高校入学後の人間関係(の詳細はプライバシーに関わることなので公開できない内容が多いというか、そもそも本人からワタシに語られる時点でかなりフィルターにかけられている;)は、《「男女間の友情は成り立つか?」2015》でも書いたとおり、いわゆる男女を問わずのびのびと交友関係を広げることを基本としてきたようなのですが、その一方でどうしても「異性」であるがゆえに男の子との関係性が既存の恋愛コードに絡め取られて解釈されてしまうがゆえの面倒さがある……というのは、2年生になってからも継続していたようです。

しかも聞けば例の「小説版での青木太陽クン相当キャラ」である鮎原光太郎クンとはクラス替えなどもあって若干の距離を取らざるを得なくなったのに代わり、「2年生編の新キャラ」も登場していた模様。
推察するに、いわば「小説版外伝の5年生のときのクラスメート益平健人クン相当キャラ」っぽい雰囲気ですね。

ともあれ、人間関係が「男女」を基準に分断されてしまう現行ルールはやっぱりめんどくさい。
そんな中で、我が娘・佐倉満咲さんがこの先どのような実践をおこなっていくのか、引き続き見守りたいところですし、大いに興味深いところでもあります。


そして、そうは言っても近年は、この「友チョコ」なる概念の台頭によって、バレンタインデーのありようが総体的な変化を見せてきているのも注目に値するところでしょう。

今後ますます、男女間での恋の告白という因習を超克して、誰もが自由に誰かとの親密性を確認しあう企図をもってチョコレート等々を交換するイベントとして再構築されていけば、なかなかに素晴らしいことです。

人間関係が「男かそれとも女か・異性か同性か」で切り分けられる窮屈な世界観を変えるきっかけとして、むしろバレンタインデーが活かせるのだとしたら、それは真に「愛」の名に相応しいイベントになりえるのではないでしょうか。


………余談ながら、いわゆる「小説版・佐倉満咲さんの高校生活」ともされる『1999年の子どもたちですが、そのバレンタインデー編あたりを読み直すと、執筆した当時はまだ「友チョコ」概念は一般に把握されていなかったようですね;
2000年代初頭に考えていたよりも、現実の2015年度のほうがいろいろ進んでいたと評価できる部分があるということなので、けっこうスゴイことではないでしょうか。

この際なので小説『1999年の子どもたち』のバレンタインデー付近、以下に抄録しておきます。
(本記事の趣旨に見合うところだけ抜き出すと、結果的にすこぶる平和な雰囲気ですが、実際にはクリティカルな事件が起こるバレンタインデー編です。全文はゼヒ kindle版にてノ バレンタインデー編は第5巻。あと外伝の満咲さん小5編は第6巻です)


  


「ねぇミサキ、バレンタインデーって、ボク、チョコレートをあげないといけないほうだったんだっけ??」
むろん日本におけるバレンタインデーは、長らく「女性から男性へ、愛の告白の意味を込めてチョコレートを贈る日」とされてきた。近年は贈る物品の多様化や、いわゆる義理チョコの習慣の一般化、また女性自身が高級チョコなどで少し贅沢を楽しむような事例も増えるなど、その様相は変容しているものの、「女性から男性へ」という基本線は、なかなか崩れない。そんな中では、「人間には男と女がおり、男は女に、女は男に恋愛感情を抱くものである」という前提に当てはまらない者は、自分がはたして贈ってもらえる立場なのか、また自分が贈るとしたらいったい誰に対して贈るものなのかが、にわかにはわからなくなって、チョコの特設売場前を通るたびに頭を抱えることになってしまう。歩のように女性としてバレンタインデーを迎えるのが生まれてはじめてというケースでは、なおさらであろう。
驚きと戸惑いがあらためて入り交じったような歩の口調に、満咲は自戒を込めて苦笑すると、あっさりと答えた。
「まぁ、あげたい相手にはあげて、もらえるところからはもらっとけば?」
実際、去年などの満咲は、日ごろ仲よくしている友人たちに男女を問わず義理チョコを贈ったものである。
「そ、それでいいのかなぁ」
「いいって、いいって。……ボクからも軽くあげるヨ」
「う、うん……」
「あとまぁ、祥一や太陽のヤツとかは、いちおう世話になってるし、小っちゃいのでいいから用意しとくのが社交儀礼ってもんかな」
満咲の言い方はミもフタもないなと思いつつも、その内容の妥当性に歩は納得したのだった。
[中略]
翌週になると、教室の雰囲気も、いよいよバレンタインデーまでのカウントダウン体制になる。本命告白を企てている者もひとりならずいるのか、女子の間にはいつになくピリピリした気配も漂わぬではない。一方、男子の側からも、どこかそわそわした様子が伝わってきた。贈る側と贈られる側として、このようにクラスが“女子”か“男子”かで二分されてしまう状況を、満咲は見るともなく眺めながら、どこか釈然としない思いがした。
(なんだかなぁ……)
[中略]
翌日は12日の金曜日だったが、14日以前で平日はこの日までなため、学校は事実上バレンタインデーだった。
「佐~倉さん。コレあげるっ」
“満咲ファン”らしいクラスメートから、いくつかチョコレートをもらった満咲があらためて見渡すと、1年2組の女子は、けっこう屈託なく、女子どうしでのチョコの交換をおこなっていた。
「黒沢さん、文化祭でお世話になったお礼よ」
「えっ、いいの? ありがと……」
歩も、いっしょに大道具係をした女の子たちからチョコの包みを受け取って、まんざらでもない様子である。
「最近、体調よくないの? 気をつけてね」
「う、うん…………」
ただ、事情を詳しく知らないクラスメートの善意には、やや戸惑いぎみにうなずくしかない歩だった。
真理子はせっせと義理チョコを配っていたが、太陽へ渡す分はその中には含まれていないのだろう。その太陽や、祥一はというと、それなりに義理チョコが集まって、これまたご満悦の様子であった。
[中略]
こうして“実質バレンタインデー”の一日は過ぎた。
帰宅した満咲は、もらったチョコを整理するのに、ひとしきり時間を費やされることになった。理素奈や詩諳からのものも含めて、それらはけっこうな数にのぼっていた。
いくつかのラッピングを解いたとき、満咲はふいに思い出した。
(はじめてバレンタインにチョコをもらったのは、保育園の、あれは年少のときだったっけ……)
それは年少組の日々も残り少なくなった2月の半ばだった。同じコアラぐみのユミちゃんが、おもむろにスモックのポケットから何かを取り出すと、「ミサキちゃん、これあげる」と言ったのだ。満咲がよくわからないままに受け取ると、それは銀紙に包まれた一片のお菓子らしいものであった。ユミちゃんが、なぜ今日ことさらにお菓子をくれるのかが、いまひとつ納得できないまま、とりあえず「ありがとう」と言うと、満咲は家に帰ってから、この件を両親に報告した。
「そうか、今日はバレンタインデーだったっけ……」
「ミサちゃん、今日はね、好きな人にチョコレートをあげる日なのよ」
「ユミちゃんが自分の『好きな人は誰かな~?』って考えたときに、いちばんがミサキだったんだね」
「ミサちゃんが、ユミちゃんの好きな人だったんだね。よかったねー」
両親からそのような説明を受けると、満咲はなんだかうれしく、心があたたかくなったような気がしたものだ。
(あのころは無邪気だったねー……)


◇◇


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