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[4:ウルトラマンの斜陽とギンガの挑戦]プリキュア時代の「男の子アニメ」の困難 [メディア・家族・教育等とジェンダー]

仮面ライダーや戦隊シリーズと並ぶ、日本を代表するヒーローといえば、やはりウルトラマンを外すわけにはいきません。

ただ、ウルトラマンシリーズの定石では、主人公サイドは「科学特捜隊」のような公的機関であるところの怪獣防衛チーム。ウルトラマンに変身する主人公は、そのメンバーの1人であり、つまるところ組織の一員だという設定です。

すなわち、舞台設定の[ 公←→私 ]軸線においてはかなり「公」側に振れており、怪獣との戦いを定義する論理もまた、「正義と秩序」をゆるがせにはできない建前になっています。

これは、「友達との大切な日常を守る」ことに戦いの動機を発し、戦いが立脚する論理も「ケアとキュア」であるプリキュアシリーズにおいては[ 公←→私 ]軸線が大きく「私」側であるという点で、激しく対極的です。

(「正義と秩序/ケアとキュア」についてはこちらで再確認
  →「ロボットに乗って戦うプリキュアが明らかにした「ケアの倫理」の意義」)

したがってウルトラマンシリーズは、プリキュアシリーズ的な要素を取り入れることに関しては、仮面ライダーや戦隊シリーズと比べても、より困難な構造を抱えている、と言うことはできるでしょう。


むろんウルトラマンシリーズが、時代に合わせた進化を放棄しているわけでもありません。

特に21世紀最初のウルトラマンとなった『ウルトラマン コスモス』(2001)は象徴的でした。
怪獣を殺さない優しいウルトラマン」像を明示的に打ち出し、怪獣との戦いも、普通はおとなしいはずの怪獣を狂暴化させている宇宙エネルギー体を除去する「浄化」に重心が置かれたのです。

(→「#014 ウルトラマンと強さの周辺」)

これは今にして思えばまさに、後年においてプリキュアシリーズが採用する方式を、一足早く先取りしていたことに他なりません。

とはいえ、ネット上に残っている感想群をざっと見渡しても、旧来のウルトラマンを見慣れた視聴者からは違和感を訴える声も少なくなく、怪獣とのバトルもどうしても過去作に比べて地味な感じを醸し出すこととなったためか、試みとしては画期的だったものの、評判は必ずしも好意的なものばかりではなかったようです。

これはやはり、ウルトラマンというシリーズのフォーマットが持つ限界が露呈したとも考えられるでしょうし、時代が早すぎたということもあるでしょう。


さて、そんな『コスモス』からは10年以上が経過した2013年、ウルトラマンシリーズの新作がオンエアされる運びとなりました。

タイトルは『ウルトラマン ギンガ』

なんでも私が最初に入手した事前情報では、謎の敵によってすべてのウルトラマンと怪獣たちが小さな人形にされてしまった世界が舞台で、主人公はその人形と変身アイテムの力で(新作でのメインとなる「ギンガ」以外にも)さまざまな歴代ウルトラマンに変身するとのこと。

………いゃ、ソレって戦隊シリーズだと『海賊戦隊ゴーカイジャー』でやってたアレじゃないッスか!
まったくもぉバンダイったら商売に余念がないんだからw

そして、その次にキャッチした情報に、私は刮目しました。

主人公は高校生。そして
「科学特捜隊」のような怪獣防衛チームは存在しない――。

 BL140504UG01.JPG
§画像は放送画面より。この一連の記事中同じ

!!

なるほど、仮面ライダーにおける『フォーゼ』よろしく、ついにウルトラマンシリーズでも、「公」よりも「私」、「正義と秩序」よりも「ケアとキュア」に軸足を移した、「大切な仲間との日常を守る戦い」にシフトするという方針が、高らかに宣言された。
すなわち、プリキュアシリーズの興隆に学んで、そのエッセンスを大胆に取り入れることに挑戦するにちがいない。

そのように解釈できました。

……はたして真相はいかに??

かくして7月の初回放送を視聴した後、私は激しく感じました。

まるで……

( ゚д゚)ポカーン

プリキュアシリーズの第1話を見た後のような気分を!(^o^;)

ぃや、だって、ストーリーラインの組み立てが、完全にそのメソッドに則っています。

そしてメインとなるキャラは主人公とその友人の高校生たち。

敵は、心に何らかの負の要素を持った人間が謎の敵につけ込まれて闇のエネルギーを与えられて怪獣化した存在。

ウルトラマンギンガが怪獣を倒すと、その闇のエネルギーが浄化されて、元の人は救われるというシステム。

何より主人公が初変身に至るきっかけが、友だちの危機を救いたいという気持ち

おまけに人形化された状態のウルトラマンタロウが、主人公らにいろいろとアドバイスをする立ち位置で登場するのは、どう見てもプリキュアの妖精です。

………予想はしていましたが、まさかここまでプリキュア要素をきっちり忠実に踏襲しているとは!! (^^)

念のためツイッターなどを確認しても、ワタシ以外にも同様の感想を述べている人は多数。

ちょうどコレと同時期、『ドキドキプリキュア』では「5つの誓い」などという展開を進めていたり、追加登場した新プリキュアであるキュアエースの「意外な弱点」が変身時間制限だったりと、元ネタがウルトラマンシリーズとしか思えないことが複数盛り込まれて視聴者を驚かせていたのですが、そんなこんなで、2013年の夏は、まるでウルトラマンみたいなプリキュアと、プリキュアみたいなウルトラマンを見せられることと相成ったのでした。

特に『ウルトラマン ギンガ』4話は、主人公の幼馴染の女の子が怪獣化されてしまう原因が、もう一人の女子に対して感じた劣等感だったりと、『ハートキャッチプリキュア』(2010)との相似性が顕著でした
『ハートキャッチ』で特にフィーチャーされた人の「心」の問題は、やはり今日的に重要なテーマなのでしょう)。

最終回で、それまでに一度怪獣化された後に救われた人たちが、こぞって応援に駆けつけるシーンなども、同様に『ハートキャッチプリキュア』の終盤を彷彿とさせます。

クライマックスでは、その応援に駆けつけた人々が主人公らの母校である小学校の校歌を歌いながらウルトラマンを応援するのですが、これもまたプリキュアの劇場映画で恒例となっている「ミラクルライト」を使って観客が画面に向かってプリキュアたちを応援するときのシークエンスを連想させるものです。

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その他、全体的なプロットの組み立てのパターン、そして何より、若者たちが、自分の夢を育みながら未来に向かって歩んでいくことの称揚など、テーマ的にもプリキュアシリーズと重なるところは、全編にわたって見られました。

このことは、意地悪く言えば「天下のウルトラマンシリーズがプリキュアのような女児アニメの軍門に下った!」のでもありましょうが、そのような否定的な言い回しが当を得ているとは私は思いません。

もはや大上段に「正義」を標榜するヒーローでは描けないものも多い(奇しくも上述の『ウルトラマンコスモス』が新しい試みをしていた最中の2001年に起きた9.11テロがきっかけで「正義」への疑問が顕在化したものです)中で、ごくフツーの生活者が大切な日常を守るために戦う物語、そのトップランナーたるプリキュアのめざすところへ、ついにウルトラマンもやってきたことは喜ばしくこそあれ、何ら嘆かわしいことではないでしょう。

そうして、伝統フォーマットだった怪獣防衛チーム設定を思い切って廃し、フツーの高校生を主人公に据え、現代の若者の身近でリアルな葛藤や将来の夢にフォーカスしながら展開した『ウルトラマンギンガ』は、このプリキュア時代に求められるウルトラマン像に対するひとつの解答だったのではないでしょうか。

2013年、今の時代に望まれる新しいウルトラマンとして示された「ウルトラマンギンガ」を大いに評価したいと思います。


   


ただ、この『ウルトラマンギンガ』が挑戦したプリキュア的ウルトラマンという方向性は、やはりウルトラマンの枠組みでは描写が困難な部分も多々あることが課題として炙りだされもしました。

とりわけ、『ギンガ』のエピソード中では、主人公の友人たちも女子を含めて、複製された変身アイテムと例の人形の力で変身する回があったのですが、カワイイ女の子がかっこよく変身して戦う様子を爽快に描写するのは、巨大変身ヒーローの特撮作品という現状のウルトラマンのプラットフォームでは無理なことがあらわになりました。

むしろ、それを可能にできるものとして発展してきたフォーマットがプリキュアということになるのでしょうが、この点はウルトラマンシリーズの今後の課題となるでしょう。

ちなみに『ギンガ』の続編である『ウルトラマンギンガS』が、来たる2014年の夏からまた始まるらしいので、そのあたり、どんなふうに取り組まれていくのかは、引き続き見守りたいところです。


(2014/07/30)
続編の『ウルトラマンギンガ』始まりましたが、怪獣防衛チーム設定は復活しましたし、なんというか「普通のウルトラマン」に戻ってしまった感があり、いちおうは『ギンガ』の続編という建前を維持しつつも、前作とはまったく異なるコンセプトの物語展開になっています。
それはソレでフツーにおもしろいのではありますが、やはりこうなるまでには裏で「ウルトラマンなんだから、あんなプリキュアみたいな話じゃなくて、もっと男の子アニメっぽくしろ!」という、いわば【バックラッシュ】があったのではないかと想像されます。


 


[3:戦隊ヒーローの先見と仮面ライダーの転身]プリキュア時代の「男の子アニメ」の困難 [メディア・家族・教育等とジェンダー]

さて、プリキュアシリーズの興隆によって既存の「男の子アニメ」も進化を迫られている問題。
その最前線はといえば、やはり同じ日曜日の朝に継続的なシリーズとして年々続いている戦隊ヒーロー平成仮面ライダーシリーズでしょう。
※ここでのカギ括弧に入れた「男の子アニメ」にはアニメーション作品に限らず特撮なども含みます

実際、戦隊シリーズは最終回や新シリーズの初回がプリキュアシリーズの2週間ほど後というタイミングが通例化しておるため、2013年度の『獣電戦隊キョウリュウジャー』でも、終盤のせっかくのクライマックスとして盛り上がった熱い展開が「なんかコレ、先々週にドキドキプリキュアでも見たなぁ…」という印象によって減殺されてしまうという事態がなきにしもあらずでした。
キョウリュウジャーのクライマックスもヒーローものの王道として本当に熱く盛り上がっていたのですが、それに負けず劣らぬドキドキプリキュアの最終決戦編が2週早くあったため、こんなことも起こりうる、そういう内容がプリキュアシリーズでは展開される時代になったということですね。

ただ、プリキュア的なエッセンスを取り入れるという点では、むしろ戦隊シリーズには大いに先見性があったとも言えます。

つまりスーパー戦隊第1作とされるゴレンジャーの当初からモモレンジャーという女性戦士をレギュラーメンバーに加えていた点は、すでに先駆的であり、それがしかし紅一点であると指摘される問題に応えるためのさまざまな工夫もまた、シリーズの進捗とともに重ねられてきているのです。

特に、当初からレギュラー登場する基本ユニットである5人のうち2人が女性戦士という、近年の鉄板構成においては、その2人の女性戦士の部分を切り取った際、多分に擬似的な「ふたりはプリキュア」要素が見て取れます。

性格や得意分野が異なる2人の女性が、その差異ゆえに惹かれ合いつつも摩擦を起こし、そしてそれを乗り越えて紡がれる親密性。
そんな2人のコンビネーションが戦いにおいて大きな力になる――。

近年では、『侍戦隊シンケンジャー』(2009)や『特捜戦隊デカレンジャー』(2004)での女性2人組にスポットがあたる回も良エピソードでした。
(→「ふたりは侍♪スプラッシュ☆モジカラ!」)

『デカレンジャー』のピンクとイエローであるウメコとジャスミンの2人組には、作中半ば公式に「ツインカムエンジェル」というユニット名もついていたくらい(元々はEpisode.17のサブタイトル)なので、この2人組をメインに据えたスピンオフ作品も作れるよなぁ……とは10年前の本放送当時ひそかに思っていたものです。

こうした要素は、最新作『烈車戦隊トッキュウジャー』にも受け継がれていますが、もちろん『デカレンジャー』以前の『電磁戦隊メガレンジャー』(1997)まで遡ることも可能です。

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§画像は放送画面より。この一連の記事中同じ

つまり「女性2人戦隊」には、プリキュアシリーズが始まる以前から「ふたりはプリキュア」要素が包含されていた!

すなわち、この点では本家プリキュアシリーズに対してさえ、一定のアドバンテージを持っていると言えるでしょう。

……そう考えると、「基本ユニット5人中 女性2人戦隊」には、そうでない場合に比して名作率が高いような気がするのもあながち的外れではないのかもしれません。

基本ユニットが3人編成のパターンも近年多いですが、この場合、女性は1人だけになるため、女性どうしの関係性描写という観点からは、どうしても薄味になってしまいます。
上述の『獣電戦隊キョウリュウジャー』も全体としては面白かったにせよ、こちらは基本ユニット5人のうちでは女性は1人だけだったので、この点ではかなり弱かったと言わざるを得ません。

いずれにせよ、「戦隊内プリキュア]をどう描くか」は、毎年の戦隊シリーズ各作品の方向性を決めるうえで、今後さらに重要なポイントとなっていくのはまちがいありません。


一方、仮面ライダー

仮面ライダーは戦隊シリーズとちがってチームヒーローではありません。
1作品中に複数のライダーが登場する場合でも、いわばメンバーが1名のチームが複数という位置付けですので、したがって、メンバーのうちの何人かを女性にするというような取り扱いは難しい構造上にあります。

女性の仮面ライダーも、すでにいくつも事例は挙げられるようになってきてはいますが、基本的にはレギュラーではなく、あくまでも例外的な位置づけです。

そんな中で、配置されるレギュラー女性キャラは、仮面ライダーに変身して戦う主人公の近くにいる親しい女性として、主人公を手助けし心の支えとなる「ヒロイン」という役回りで配置されるのもまた、定石として採用され続けるところとなっています。

表面的にはこのような状況ですから、作品の主軸として変身して戦うメンバーの中枢に「女性の物語」を配置することは、仮面ライダーシリーズでは構造的に困難ということもできましょう。

ただ、平成仮面ライダーシリーズは、当然に平成の時代に合わせて、第1作の『仮面ライダー クウガ』(2000)の時点からすでに、作品世界の設定をいろいろと工夫して練り上げているのも事実です。
(→「#013 いまどきの仮面ライダー」)

中身をじっくり観察すれば、悪い意味で昭和的な汗臭い「男のドラマ」は慎重に脱色され、視聴者の性別にかかわらずに感情移入可能な、今日的な価値規準に基づいたテーマが設定されています。

『仮面ライダー電王』(2007)では、「変身」のシステムが明らかに、「なかよし」連載の少女マンガが原作である『しゅごキャラ!』と同じだったりもしましたが、のみならず、テーマ等々でも重なるところは、仔細に見るといろいろ見つかるでしょう。

また、象徴的なのは『仮面ライダー フォーゼ』(2011)が仮面ライダーとしては初めて主人公らを高校生として学園ものの要素を導入したことです。

プリキュアシリーズでは主人公たちは概ね中学生となっていますが、このように、どこにでもいるごく普通の中学生や高校生が変身して戦う主人公となることは、「守るべき大切な日常」をわかりやすく強調する効果があり、以て、主人公らの戦いを、お題目に従っただけの「正義と秩序」のためのものではなく、自分自身の心の声に沿った本当に守りたい大切なものを守るための「ケアとキュア」の戦いとして描くこととの親和性を高めます。

その意味でも、『フォーゼ』はプリキュア的なヒーロー物語のエッセンスを仮面ライダーシリーズにも大胆に導入したことを宣言した作品だったと言えます。
2012年の5月の放送回での京都へ修学旅行へ行くという展開が、同日放送の『スマイルプリキュア』とカブったのも、そう考えると必然だったのかもしれません。

なお、戦隊シリーズでは前述の『電磁戦隊メガレンジャー』が、すでにこの「普通の高校生が変身」という設定を採用し、学園もの的な要素も取り入れていましたが、その前例はさらに『高速戦隊ターボレンジャー』(1989)まで遡ることができるという点では、やはり一歩先を進んでいたと言えるでしょう(戦隊の場合、メンバーの一部が高校生というケースならさらに事例は多い)。

あと、『仮面ライダーW』(2009)あたり以降、特に顕著なのですが、仮面ライダーが倒す直接の敵が、何らかの人格を持った生物ではなく、いわゆる闇のエネルギーが実体化した無生物モンスターのようなものだったり、その倒し方も「殺す」というよりは、取り憑いている闇のエネルギーを除去して「浄化する」という形式をとることが主流化しています。

人の心の中の負の要素が闇のエネルギーにつけ込まれてしまうようなパターンでも、実体化したモンスターは無生物で、その間そのモンスターの元となった心に闇を抱えていた本人は気絶して傍らに倒れていたりしており、モンスターが浄化された後には無事に正気に戻って救済されるのが通例です
(こうした設定ゆえに逆にモンスターが倒されるときに豪快に爆発させるような映像表現上は派手な描写も問題なく可能になる)。

この方式は、旧来からありがちだった「ヒーローは正義のためと称して敵を容赦なく殺害している。傲慢で残酷だ。教育上よくない」というような批判に対する、一定の回答ともなりうるものです。
また、変身して戦うのが普通の中学生や高校生である作品では、主人公らに「殺し」をさせるわけにはいきませんから、そのための作劇上の配慮としても有効に機能することになります。

そして、この方式の普及には、これを初代『ふたりはプリキュア』(2004)以来ずっと常用するところとなっているプリキュアシリーズの存在が、大きな影響力を及ぼしているのはまちがいないでしょう。

つまり、元は「女の子にあまりに乱暴なことをさせるとクレームも来るだろう」からと工夫され採用された設定が、今では他のヒーローもの・「男の子アニメ」にも導入され、なくてはならない方式となっていると解釈できるわけです。

やはり今やプリキュアシリーズに学ぶことは、あらゆるヒーローものにとって必須となってきたと言っても過言ではないのかもしれません。


このように日曜朝のプリキュアと並ぶ2大シリーズ、戦隊ヒーローと平成仮面ライダーシリーズは、プリキュアシリーズと適度な距離感を保ちつつ、相互に研鑽しながら進化を続けていると言ってよさそうです。

今後とも多面的に観察を続けつつ、とりあえずは楽しく視聴を続けてみたいところです。

それでは次記事からは、日本を代表するヒーローものとして、他の定番モノも見ていくことにしましょう。


  

 


◎チームヒーロー内の性別比率という点では、プリキュアが逆に男性には解放されていない問題が現状では指摘可能ではあります。
もっとも男装の麗人」がプリキュアに変身する前例はすでにあります。
あるいは、プリキュアに変身したら瞳や髪の色や形も変わる(変身前は子どもで変身したら大人になるキュアエースの例などもある)ことが通常ですから、この先男の子がプリキュアに変身して女の子になったとしてもじつは何の不思議もないのです。
せめて「男の娘プリキュア」くらいは、そろそろ真面目に検討してもよい気はします。
プリキュアシリーズが今よりもっと一皮むけて、さらに発展的に広がっていくためには、「男の子はプリキュアになれない」問題とは何らかの形で折り合いのつけどころを見つけて、それを明らかに描写していく必要はあるでしょう。
ただ、その結果プリキュアのチームが安易に男女混成になって、あまつさえチーム内恋愛もかまびすしい、因習的ななラブコメチックな話になっても困るというものです。
男性キャラが主人公の直近の対等な立場に配置されるとどうしても現実世界のジェンダー秩序の影響を受けるし、下手な恋愛ボケ展開にも陥る危険があるのは、ぜひとも留意されねばなりません。
ジェンダー規範に邪魔されずに個々の女性キャラを生き生きと動かせる舞台を整えるためには、やはり女の子だけに限定することが物語の設定上有効であることは認めないといけないでしょう。
そもそも、ほんのちょっと前までは、あらゆる物語において、女の子は主体的な主役になれなかったのです。
「女」「男」の置かれた立ち位置が現実に不均衡なジェンダー構造の中で、それを勘案せずに個々の事例の表面だけを見て「男性差別だ!」などと主張する愚を、この「男の子はプリキュアになれない」問題にまで持ち込むのは適切ではありません。

 

◎プリキュアシリーズではメイン主人公の周辺にいる女の子たちも、たいていは皆プリキュアになって仲間になるので、仮面ライダーシリーズの「ヒロイン」のようなポジションの人物がプリキュアシリーズに配置されていたらどうなるのかについて、仮面ライダーシリーズとの比較が難しかったのですが、ソコのところを上手いこと描き出してくれたのが、『戦姫絶唱シンフォギア』の立花響に対する小日向未来の存在なのではないでしょうか。

 

◎作中にじつは「ふたりはプリキュア要素」が包含されている――という観点では、例えば2013年の10~12月に放映された実写ドラマ『ミスパイロット』も注目したいところです。
全日空旅客機の操縦士をめざして訓練生となった2人の女性(演:堀北真希×相武紗季)をめぐる物語は「タイプの違う2人の女性が軋轢を乗り越えて親密性を育み、やがてそんな2人の絆がなくてはならない大切なものになる」というまさに「ふたりはプリキュア展開」が主軸となっていました。
もとより女性が操縦士という「男性職種」に挑戦するという点でも意義深いドラマなのですが、訓練生の同期の男性たちも、過剰な恋愛感情もセクハラも控えて、対等な「仲間」という落としどころに(つまり戦隊ヒーローの「女性2人」に対する「男性3人」のようなテイストで)描かれていたのは好感が持てます。
主人公と教官との恋愛も、それを期待した視聴者には見事な裏切りで、最終回には主人公の「逆告白」でキッパリ否定さえされており、主人公の主体性が上司である男性との恋愛に回収されてしまうことも避けられていました。
…なのでワタシが「なんだ、画期的なドラマかと思ったけど、結局は職種を客室乗務員から操縦士に移しただけの因習的な『スチュワーデス物語』にすぎないじゃん!」と失望する事態も、無事に回避されました(^^)v
ゴールデンタイムの実写ドラマは、どうしても多数派層向けの男女二元的異性愛物語に陥りがちな気がして、日頃はどちらかというと避け気味なワタシですが、たまにこういう掘り出し物があるので油断はできないですね。


 


 


[2:天空の城ラピュタの凋落]プリキュア時代の「男の子アニメ」の困難 [メディア・家族・教育等とジェンダー]

2013年の10~12月に放映されたアニメ『ガリレイドンナ』は、ガリレオ・ガリレイの子孫にあたる三姉妹が、政府機関さえ動かす力を持つ黒幕の大企業や空中海賊の一味に追われながら、謎に包まれた先祖の遺産を探すというストーリーでした。

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§画像は放送画面より。この一連の記事中同じ

このあらすじを最初に知ったとき、私はどことなく、宮崎駿監督作品にしてスタジオジブリアニメの代表作のひとつでもある『天空の城ラピュタ』を連想しました。

ある意味『ガリレイドンナ』は、いわば「大胆な脚色を加えてリメイクされた今どきの天空の城ラピュタ」だったと言えるかもしれません。

※この他このクールでは、『凪のあすから』が「大胆な脚色を加えてリメイクされた今どきの崖の上のポニョ」、『のんのんびより』が「大胆な脚色を加えてリメイクされた今どきのとなりのトトロ」であったような気がするとかしないとか……(笑)

『ガリレイドンナ』では、三姉妹の移動手段であり、家であり、追手に反撃するための武力でもある金魚型の飛行艦艇「ガリレオ号」を設計・制作したのは、メカ大好き少女である三女の星月ちゃん。
ガリレオ号の他にもいくつもの発明品があり、それを裏打ちする理論面での学識も相当なレベルです。

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このように、いわゆる「リケジョ」――理系女子のひとつのあり方がキチンとアニメキャラとして好ましく描かれていた点は、ジェンダー観点で評価した場合にも非常に意義深かったです。


  


一方、本家『天空の城ラピュタ』のほうはどうなのでしょうか。

2013年の夏、新作『風立ちぬ』の劇場公開を盛り上げる一環で、宮崎駿監督ジブリアニメの過去作がテレビ地上波で放送された中に『ラピュタ』もありました。

『ラピュタ』はすでに何度か観たことがありますし、映像ソフト化もされ、レンタルもされていますから、その気になればいつでも見れるっちゃー見れるのですが、このときはたまたまタイミングが合って、ひととおり視聴することとなりました。

ジェンダー観点で評価すれば、『ラピュタ』の前作である『風の谷のナウシカ』をはじめ宮崎駿監督作品には女性主人公が主体的に活き活きと活躍するものが相応に多い中で、この『ラピュタ』は相対的に、男の子のパズーがかよわい女の子であるシータを守って奮戦するという趣が多分に濃厚な点がマイナス部分なのは確かです。

さりとて、そういう小難しい案件をひとまず横に置くなら、この『天空の城ラピュタ』は傑出した冒険活劇であり、宮崎駿監督作品として、スタジオジブリアニメとして、屈指のエンターテイメント作品である――、


……そう思っていた時期がワタシにもありましたw


ぃや、この2013年夏のオンエアで『ラピュタ』を見直すと、マジなんか違いました。
記憶の中にある印象ほどには、面白くないのです。
むしろつまらない!?
どうも視聴者としてカタルシスを得られる展開になってくれないのです。

シータはたしかに芯の強さを持った女性キャラクターです。
宮崎駿が言うように、意味もなく水浴びに行っては悪者に誘拐されたり、いざというときには「キャーッ」と悲鳴を上げて卒倒して後は主人公(←男性)の足手まといになるだけのヒロインではありません。
しかし、じゃあ何をするかといえば結局は勝ち誇るムスカに向かって気丈に睨みつけながら「卑怯者!」などと罵倒する程度。
この点、あらかじめわかっていたはずのこととはいえ、やはり何かもどかしく物足りません。

そしてパズー。
シータのために獅子奮迅の大活躍をするはずの男・パズーさえ、よくよく見ると、たいして何もしていなかったのです。
どっちかというと状況に流されるまま、その場しのぎの行動をしているようにさえ見受けられます。

いやはや、なんということでしょう。

これは、ひとつには久しぶりの複数回目視聴だったことも基本的な一因と考えられます。

また、私自身のジェンダーやセクシュアリティに関する知見の蓄積によって、その方面からの鑑識眼が高次元化してきたこととも背景にはあるでしょう。

しかし、今回のもっとも大きな原因は、やっぱりおそらくはアレです。
すなわち前記事の『聖闘士星矢Ω』の問題とも通底する、いわば「プリキュアシリーズを見慣れてしまったことによってプリキュア的展開がスタンダードになってしまったモンダイ」。(^^)

それが『天空の城ラピュタ』から受ける印象を大きく変えてしまったのではないでしょうか。

思えば『ラピュタ』とは企画のルーツを辿ったときに母体を同じうする『ふしぎの海のナディア』の「デジタルリマスター版」が2012年度にNHKでオンエアされたのを視聴したときも、同様の感想を抱いたものです。

まぁ、そうですよね~。
今なら『ナディア』にせよ『ラピュタ』にせよ、絶対ナディアもシータも、ブルーウォーターや飛行石の力でプリキュアのような何かに自分で変身して自分で戦うでしょうからねー
(^o^;)
(ついでに付け加えるなら『未来少年コナン』のラナも。彼女の場合そもそも「博士の孫娘」であり、しかも「超能力者」。絶対にそのスジの属性持ちではありませんか!w)

つまるところ、『プリキュア』はおろか『セーラームーン』さえまだだった『ナディア』や『ラピュタ』(および『コナン』)の時代的な限界ということなのでしょう。

ともあれ、こうした『天空の城ラピュタ』のような名作の誉れの高い作品の評価さえ変えてしまいうるプリキュアシリーズの影響力。
相当に侮れないものなのかもしれません。

 

◎というわけでプリキュア時代の今風にリメイクした
『天空の城ラピュタ1889』 by佐倉智美、考えてみました(^o^;)
(舞台が1889年ってのはナディアのほうの設定から借用)

身寄りのない少女シータは、謎のあしながおじさんの厚意で全寮制の女子中学校に通っている、聡明で闊達、かつ友達思いの心優しい少女だった。
シータがじつはラピュタ王国の末裔であるという事実を知っているのは、「謎のあしながおじさん」の正体であるムスカのみ。ムスカは厚意で学費を出すと装って、シータを自らの目の届くところに置いているのだった。

そんなシータの親友にしてルームメイトは、アリス・パズー・ヨツバ
大財閥の一人娘で、物心両面からシータの支えとなっている。

「ねぇシータ、今日は日曜日で、学校の行事も何もありませんわ。よかったらいっしょにお買い物に行きませんか?」
「ありがとうアリス。ぜひ行きたいわ」

ある日、そうやって出かけようとしたシータたちに、空中から飛行戦艦が立ちはだかる。
ラピュタを再起動するための三種の神器のうち2つまでを手に入れたムスカの依頼で、残りの1つを回収するために雇われた空中海賊の一味だった。

飛行戦艦から空中ディンギーで地上に降り立つ海賊たち。
そのキャプテンと思われるのは以外な人物だった。

「ど~も~、キャプテン・マリカでーす。三種の神器の残りのひとつ。いただきにきましたー。とっとと渡しちゃってくださ~い!」

なんと、同じ学校の高等部の先輩で、空中ヨット部の部長でもあるイケメン女子高生、マリカ・ドーラ・カトウではないか。

(中略)

「お願い、飛行石に三種の神器、もう少しだけ私に力を貸して!」

リュシータ・トエル・ウル・ラピュタギアを身に纏って、さしずめ「伝説の戦士」とでもいった姿に変身したシータの神々しい輝きは、さらに増していた。

コントロールを失ったロボット兵が迫ってくるのを、できるだけ優しく排除しながら、シータはラピュタ中枢部をめざして飛ぶ。
先刻の軍隊との一戦での、一般の兵士たちに極力危害を加えずに戦力を殲滅する匙加減とは、またちがった難しさだ。

ラピュタのエネルギーコアの暴走は、更に進んでいた。
周辺の重力場さえ歪めながら強力な電磁パルスを撒き散らしている。

「弁天丸、聞こえる? シータさんを援護、ロボット兵を引きつけて。それから軍隊がバカなことしないように威圧しといちゃって」

マリカが軍艦の甲板上から飛ばした通信はなんとか届いたようだ。

同じように自分の端末を操作していたムスカは、通信が途絶したと知るやいなや端末を投げ捨て、そしてマリカたちに向かって叫ぶ。

「おい、ヤツはどこへ向かっている? 何をしようとしているんだ!?」

アリスがゆっくりと一歩前に出ると静かに口を開いた。

「シータがよく話してましたわ。おばあちゃんからいろいろな呪文を教わったって……。その中には普段は絶対に使ってはいけない封印の呪文……、いわばすべてを無に帰する滅びの言葉もあったとか」

「な、なんだと」

驚くムスカに少しだけ顔を向けると、マリカは言葉を継いだ。

「シータさんは、それを使ってこの場を収めるつもりなんでしょうね」

「そ、そんな、この貴重なラピュタの……すべてを無に帰するだと? ぃやダメだ。ダメだ、絶対にダメだ」

ムスカは狼狽した。

「そ、そうだ海賊! オマエなんとかしろ、ヤツを止めろ、封印の呪文など使わせるな!」

しかしマリカは応じず、その場を動こうともしなかった。

「お、ぉい、雇い主の命令が聞けないのか!」

苛立つムスカの恫喝。
それでもマリカは微笑をもって、それを受け流した。
代わりに説明を引き受けたのはアリスだった。

「……残念。じつは少し前から雇い主が変わったんです」

「な、なにぃ?」

マリカの後方で静かに微笑みながらアリスは続けた。

「こちら、私とマリカさんとの間の契約書ですわ」

アリスがおもむろに取り出した書類を掲げる。

「ば、ばかな。俺との契約はどうなる。……ぉ、おぃ海賊、契約の途中放棄か!? そんなことをしたらどうなるか、わかってるんだろうな」

これにも直接回答したのはアリスだった

「こちらはアナタとマリカさんの契約書。この17条に定められているとおりの違約金、すでにヨツバ銀行のアナタの口座に振り込み済みです。こちらがその証書……」

「なっ……」

「これで法律上、何の問題もありませんわ」

表面上はぽかぽかした陽だまりのような笑顔でそう宣告するアリス。ムスカは歯ぎしりしたが、もはやどうしようもなくなっていた。

「こ、この小娘ども……」

マリカはそんなムスカを念のため拳銃で牽制しながら釘を差した。

「そんなわけですから、シータさんの邪魔はさせません。しばらくそこで地団駄でも踏んどいちゃってくださ~い」

この間にシータはラピュタのコアブロックに到達していた。

「リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」

シータのラピュタギアが金色に輝き、コアブロック内部への動線が開く。

「これ以上……ラピュタの力を、これ以上、悪い人に利用されたくない。かわいそうなロボットの兵隊さんたちを、もう苦しめたくない」

シータは思いを巡らせた。

「……そして世界中に、昔の私のような悲しい思いに囚われる人をいないようにしたい。平和に、みんな楽しく、アリスやマリカさんといっしょに暮らしたい!」

煮えたぎるように渦巻くエネルギーコアの核心が目の前にあった。

腕を伸ばし、掌をかざすように掲げたシータは、渾身の願いを込めて唱えた。

「……バルス!」

(後略)


なんか各方面から叱られそうな気がしてきた(^^ゞ
(スミマセン、スミマセン;)