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プリキュアが「魔法つかい」な意味を探る [メディア・家族・教育等とジェンダー]

さて、前記事のとおり2015年度のプリキュアシリーズ作品『Go!プリンセスプリキュア』は最終回を迎えたのですが、その後継作品がいよいよ明日、2016年2月7日からスタートします。
その名も魔法つかいプリキュア!

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※画像は特に断りのないものは各作品放送画面よりキャプチャ


………………。

はい、そうです。
魔法つかい プリキュア!』です。

たしかに、この次期プリキュアが「魔法つかい」という事前情報が出てきた際には、若干の驚きをもって迎え入れられました。

「では今までのプリキュアのような徒手空拳のバトルはなくなってしまうのだろうか!?」

あるいは逆に、

「じゃあ今までの必殺技は魔法じゃなかったのかよ??」

 ……等々。

前者については、1年前「プリンセス」の事前情報が開示された際も同様の懸念はありましたが、蓋を開けてみるとまったくの杞憂に終わりましたので、ほぼ心配は無用だと思われます。
事実、現時点で公開済みの情報を総合しても、今までの「プリキュア」を大きく逸脱するような気配はありません。
おそらくは、プリキュアシリーズの基本線は継承しつつ、前作までの蓄積に加えて、さらなる新機軸を導入するために今般選ばれたモチーフが「魔法つかい」だったというだけのことなのでしょう。
このあたりは、特に憂慮したりせずに明日の第1話を待てばよいのではないでしょうか。


 → 魔法つかいプリキュア!朝日放送公式サイト
http://asahi.co.jp/precure/maho/
 → 魔法つかいプリキュア!東映アニメーション公式サイト
http://www.toei-anim.co.jp/tv/mahotsukai_precure/


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一方、後者についてはどうなのでしょうか?
このあたり、少し順を追って再確認してみましょう。


メディアとジェンダーという観点から「男の子アニメ」と「女の子アニメ」の差異を考えるときの基本はやはり、斎藤美奈子『紅一点論』で指摘されているものになります。

思い切り簡単に言うと、
◎主人公らの超常的なパワーの源泉が…
 男の子アニメは「科学
 女の子アニメは「魔法
◎物語の舞台としての基盤が…
 男の子アニメでは「的領域」
 女の子アニメでは「的領域」

 ……ということになるでしょう。

魔法使いサリー』以来、日本の子ども番組のジャンルのなかで女の子向けとされるコンテンツの中核に位置するものとして、いわゆる魔法少女ものが連綿と続いてきたのは間違いないと言えます。
そのためプリキュアシリーズも、セーラームーンともども、便宜上その系譜に一括してまとめられるケースも多々見られます。そのほうが分類上都合がよい局面も少なくないというわけですね。

実際、歴代プリキュアのパワーの源泉が科学的なテクノロジーの産物かと言えばそうだと言い切るのには無理があります。変身の原理も、敵を浄化する必殺技も、ある種の魔法的な技巧によるものだと解釈するのが無難です。

ただ他方、徒手空拳のアクションもこなしながら戦うプリキュアを「魔法少女」にカテゴライズする違和感も、しばしば聞かれるところです。
「ジャンルプリキュア」とも言える類似作品群である変身少女ヒーローもの全体を見渡しても、『戦姫絶唱シンフォギア』は力の核となる古代文明の超科学の遺物こそ魔法的な色合いが濃いですが、その制御や運用には現代科学が用いられている様子も描きこまれており、学校の地下に政府管掌の特務機関の秘密基地があったりするのは、きわめて「男の子アニメ」的でした。『ビビッドレッドオペレーション』になると、変身のシステム全体が「科学者である祖父の発明品」とされ、基本的にすべてが科学に立脚しています。
プリキュアのように変身して戦う少女たちが描かれた『まどか☆マギカ』が、あらためて「魔法少女」を名乗るという倒錯もありました。

また逆に、「男の子アニメ」のほうにも変化の波は激しく、男の子向けアニメ特撮のヒーローが寄って立つのは科学……とは限らなくなっているのが近年です。

象徴的な例として、プリキュアシリーズと同じ日曜朝にやっている戦隊ヒーローシリーズにおいて2005年には『魔法戦隊マジレンジャー』が、同じく仮面ライダーシリーズでは2012年に『仮面ライダーウィザード』がありました。
「ウィザード」とは魔法使いのことですから、両作ともズバリ魔法をヒーローのパワーリソースとして前面に打ち出した形です。

こういう典型例でなくても、もっぱら現代科学の成果物のみを用いて戦う「男の子アニメ」は、昨今かなり珍しいのは否めません。

【参考】
→「久しぶりの公的科学戦隊であるゴーバスターズにはがんばってほしい」
http://stream-tomorine3908.blog.so-net.ne.jp/2012-06-23_gobusters

このように、「科学←→魔法」の軸線は揺らいできているのが現在であり、「公←→私」についても同様な状況です。

以って、男の子向け・女の子向けという枠組み自体が撹乱され崩壊してきていて、そうしたジャンル分けは商業的な要請から再帰的に構成され意味づけられているにすぎないとさえ言えましょう。

子ども向けコンテンツが、単純に「男女」で色分けされ、個々人の好み以前に出生時に割り振られた性別属性に応じてあてがわれる状況は窮屈ですから、今日そんな構造の一端が揺らいでいるのは歓迎すべきであることは、言うまでもありません。

そしてそんな状況に、女の子が魔法的なパワーで変身して男の子のヒーローが科学でそうしていたように戦うことが作品の主眼であるプリキュアシリーズの存在自体が寄与してきたことも、疑いないのではないでしょうか。


◇◇

  

 
(斎藤美奈子『紅一点論』は、初出出版が1990年代なため上述のとおり近年の情勢には対応してませんが、アニメとジェンダーにかかわる議論の基本的前提としてはいまだ有効な、必読の書です)

◇◇


では、そんな流れの末に、今般プリキュアシリーズが、あらためて「魔法」を明示的に標榜する意味やねらいは何なのでしょうか?

ひとつには今年2016年が『魔法使いサリー』から50周年にあたるということがあると言われています。

東映魔法少女アニメの「総決算」は『おジャ魔女どれみ』で1回済んでいるとは思うのですが、それもふまえたうえで、このアニバーサリーイヤーの機会に、東映アニメーションとしては、『魔法つかいプリキュア』をもって魔法少女アニメの系譜に新しいステージをひらく……という捉え方も一面においては真理かもしれないです。

つまり東映魔法少女アニメの歴史的蓄積が今日のプリキュアという概念に出会うことで、かつてないようなヒーローアニメに進化するということではないか?
そして、『プリンセスプリキュア』がプリンセスの定義を書き換えたように、『魔法つかいプリキュア』もまた、商業展開的に女の子向け枠とされるアニメのカテゴリーにおける「魔法使い」の定義を更新しようという意図なのかもしれない、そういう期待は持ってもよさそうです。

また、逆にそんな大層なものではなく、この日曜朝の子ども番組の近年の流れからすれば、『魔法戦隊マジレンジャー』→『仮面ライダーウィザード』→『魔法つかいプリキュア』ということで、むしろ「わぁ~今度のプリキュア《魔法つかい》かぁ! まるで仮面ライダーか戦隊シリーズみたい!!」でよいのかもしれません。

案外、蓋を開けてみるとタイトルが魔法な分、中身はけっこう科学的だったりするという可能性だってあります。

そもそも、『魔法使いサリー』から続く「東映魔女っ子シリーズ」をしばらく辿ってみると、直後の作品こそ『ひみつのアッコちゃん』ですが、その後の『魔法使いチャッピー』『魔女っ子メグちゃん』といったラインナップに混じって、やはり便宜上ここに含めてカウントされている作品としてミラクル少女リミットちゃん』や『さるとびエッちゃん』もあります。

このうち『ミラクル少女リミットちゃん』は、主人公が事故で瀕死の重傷を負った際に一命をとりとめるために科学者の父の手による改造手術でサイボーグとなった……という設定で、じつのところ完全に「科学」です
(このように建前上は女の子向けの枠の中で、こうした科学モチーフの作品が1970年代に制作されていたというのは、現実には早すぎた設定だったのかもしれませんが、現在の視点をもってして、今こそ肯定的に再評価すべきではないでしょうか)

『さるとびエッちゃん』もまた主人公は猿飛佐助の子孫を自称する少女という設定ですから、全く魔法ではなく、要するに忍者です、忍者。ニンジャナンデっ!?
(忍者モチーフも意外と「女の子アニメ」「男の子アニメ」を問わず両者を横断的に用いられることが多いのは興味深い現象です)

……現時点の情報では、『魔法つかいプリキュア』は当初はプリキュアに変身するのは2人の体制で、かつこの主人公ら2人の関係性が、とみに強いものとしてフォーカスされ描かれていくように伝えられています。

その分ある種、完成度が高い関係性の、他のメンバーが入り込む余地のない閉じた体制になることも考えられます。

しかし、商業的な要請からすれば通年で2人だけというわけにはいかないでしょう。

となると、やがて登場する追加戦士はいると考えると、ソレがもしかして「科学」由来のサイボーグかアンドロイドだったりすると、スッキリ作中での収まりがよい立ち位置になるような気はします。

で、もうひとりの追加戦士が忍者と;

そんな可能性は、はてさて、本当にないものでしょうかね(^^;)


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最後に、もうひとつだけ『魔法つかいプリキュア』が採用された背景を考察しておきます(まぁ必ずしも「魔法」でないといけない理由でもないのですが)

ヒントはこの、『魔法つかいプリキュア』内藤プロデューサーの言葉です。
手と手をつなぐことで、心をつなぎ、希望をつなぎ、世界をつなぐ。ひとりひとり皆違うけれど、だからこそ面白い、そしてその違いを認識し受け入れることで、世界は広がっていくんだということを、さまざまな「つなぐ」を通して伝えていきたい

『魔法つかいプリキュア』は初代『ふたりはプリキュア』などと同様に2人そろわないと変身できず、2人が手をつないで変身するということなのですが、今般そんな2人の一方は人間界の女の子、もう一方が魔法界の住人である女の子――。

素直に考えてそれはつまり、本来は出会う機会もなかったかもしれない歴史も文化も異なる世界の者どうしが、ひょんなことから出会い、互いに理解し合い、絆が結ばれ、手をつなぎ、助け合い切磋琢磨しながら共通の目標・課題へ向けてともに進む……、そういう様子が描かれていくことなのだろうと思われます。

そして、じつは同時期に始まる戦隊ヒーローの新番組『動物戦隊ジュウオウジャー』もまた、人間界の住人と異世界の存在が出会い、仲間になって協力・共闘するという設定が共通しています。

このあたりの、あたかも偶然にも見える符合を突き詰めていくと、やはり去年、『プリンセスプリキュア』の第1話がオンエアされた日である、2015年の2月1日、当時最終回目前だった烈車戦隊トッキュウジャー』の放送が休止する原因になった例の事件や、その周辺に連なる各種のテロリズム、およびそれらも含めた世界の不安定要因・拗れた国際情勢などが、両作品ともに、制作サイドの意識にあるということではないでしょうか。
つまりこれは必然の一致。

正義の相対化日本のヒーローものの得意技だし、相互理解と共生の決着もまたプリキュアのお家芸です。

私たちは、そんな日曜朝のテレビを通じて、世界平和のために何をなすべきなのかをも、考えていきたいです。


◇◇
(2017/01/31)
1年間の放送を経て『魔法つかいプリキュア』も一昨日最終回を迎えました。
前作『プリンセスプリキュア』との比較で見れば、肩の力を抜いてカジュアルに視聴できる感がある作風だったと言うこともできるかもしれませんが、なかなかどうして、プリキュアシリーズとして必要なポイントはしっかり押さえた良作でした。
特に主人公・朝日奈みらいと魔法界からやってきて出会うリコ2人の間に紡がれていく親密な関係性に強くフォーカスした物語構成は、プリキュアシリーズの中でも群を抜いた百合キュア」度、非常に百合力の高い作品としての仕上がりをもたらしたのではないでしょうか。

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そして上述した「魔法」に関しての予測も、おおむね間違っておらず、バトルシーンの迫力が有意に低下することもありませんでした。まさに子ども視聴者たちにとっては「わぁ~今度のプリキュア《魔法つかい》かぁ! まるで仮面ライダーか戦隊シリーズみたい!!」にすぎなかったかもしれません(追加戦士はロボットでも忍者でもなく、むしろ科学だ魔法だといった概念さえ包摂した宇宙の創生――はビッグバンであるとするなどの点はかなり現代的な科学知識に立脚していたりも――にかかわる根源的存在が転生した姿という予想の斜め上でしたが、それはつまり『ハピネスチャージプリキュア』の難点の最大要因であった「地球の神」ブルー氏を本当に女性キャラに置き換えて、しかもプリキュアに変身する立ち位置に持ってきた……という「ハピネスチャージ反省会」へのひとつの回答だったとも解せます)

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さらに「2つの世界を《つなぐ」ことについても期待どおり、否、期待以上のものが描かれました。主人公・みらいとリコの間に醸成された強いつながりと、そんな2人から連なるたくさんの出会いの輪は、2つの世界の交流あってこそ。歴史も文化も異なる世界の者どうしが仲良くなることは可能だし、そうやって互いを尊重しながら共生できることこそが貴い。そのことが全編を通じて作品の底流に貫かれていました(この点については、やはり戦隊ヒーローの『ジュウオウジャー』もまた同様の方向性で進められてきており、しかるべき決着へ向けて次回の最終回を待つところになっています)。これはまさしく独善的な考えに基づくテロリズムやそれらを受けての排外主義がますます横行した現実世界の2016年に対して意義あるものでしたし、テロリズムを意識するあまり出入国管理を厳しくしたり自国の利益第一に国境に壁を作ることをよしとするような某国大統領が就任した2017年1月にこそ、あらためて噛み締めたいメッセージだと言えましょう。


◇◇


◎ロボットに性別はない、その1
仮にプリキュアの枠内でサイボーグやアンドロイドの類を登場させるとしたら、『コンクリートレボルティオ』に出てきたアースちゃんが、ヒントのひとつになるのではないでしょうか。

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アースちゃんは鉄腕アトムを元ネタとした人型等身大自律ロボットですが、鉄腕アトムとは異なり女の子というジェンダー設定でつくられています。
………むろんロボットに「生物学的性別」はないのですが;
(生物学的性別がないはずの存在であったとしても、フィクション中に登場するキャラクターに対して何らかのジェンダー属性を付与しないと落ち着かない・感情移入しづらいというのは、すべての登場人物が女か男かのいずれかの性別であるはずだという前提にしておきたいという、この社会に生きる私たちが持つオブセッションですね)


◎ロボットに性別はない、その2
「ロボットに性別はない」といえば、2016年4月よりNHK「おかあさんといっしょ」内での着ぐるみ人形劇がにリューアルされ、新たに始まるガラピコぷ~では、主要キャラの1人「ガラピコ」は異星人が作ったロボットであり性別は不明というのが公式設定になっています。
「異星人が作ったロボット」ということは、ロボットだから機械であり無生物だから生物学的性別がないのもさることながら、その惑星のガラピコを作った知的生命体が、視聴者である地球人が考えるような性別観念の該当する存在とも限らないわけで、これなら決まりきった男女二元的なジェンダー観念ではないものを、まだ頭の柔らかい子どもたちに届けることもできるでしょう。
残りの2人の男女ステレオタイプもズラしてあり、民放でのプリパラに匹敵することをいろいろしでかして(いろんな意味で;)くれそうな期待が、けっこう持てる気がします(^^ゞ

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※NHK公式サイトから


◇◇

◇◇


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コメント 1

よたろう

某法則に「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」とあります。
これは本来の意味とは別に、設定がお粗末なSFに対する皮肉でもあり、魔法を使ったファンタジーにも当てはまります。
3話まで見た限りだとまほプリで使われる魔法は「高度に発達した科学」止まりで設定の詰めの甘さを感じます。
おジャ魔女だと魔法玉とか禁忌の術とか、マジカルステージの「風が吹けば桶屋が儲かる」展開とか独自の設定が見られワクワクもんだったのですが…
前作のはるかに比べみらいの目的意識がチャラいのが気になりますが4話からの魔法学校生活には期待してます。

個人的には今期アニメ「紅殻のパンドラ」が「高度に発達した義体化少女は魔法少女と見分けがつかない」感じで面白いですね。
原作は「攻殻機動隊」の士郎正宗氏で作中設定も同作に準じたサイバーパンク社会で高度な科学技術が使われてます。
主人公のネネは類い稀な才能で義体(サイボーグの体)制御アプリと電脳戦を繰り広げるのですが。
本人は終始「魔法少女になって人助け」感覚なんですよ。
前述のクラークの法則の本来の意味は
「科学技術の発達は専門分野が細分化され使用者はおろか開発者にも全体の把握が困難になり一個人には魔法のように見える」
現象ですが紅殻では正にそんな感じなんです、変身バンクもありますしw
妖精枠のクラリオンは高性能アンドロイドなので機械と人間を「繋ぐ」物語でもありますし。
by よたろう (2016-02-28 00:35) 

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