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[6:宇宙戦艦ヤマト2199の試練]プリキュア時代の「男の子アニメ」の困難 [メディア・家族・教育等とジェンダー]

『ドキドキプリキュア』の総括記事の中でも少し触れましたが、2013年には、往年の『宇宙戦艦ヤマト』を今風にリメイクした『宇宙戦艦ヤマト2199』が(イベント上映→パッケージソフトウェア発売という流れの中で)地上波でテレビ放送されることとなりました。

旧作『宇宙戦艦ヤマト』は、たしかに一世を風靡した作品であり、日本のアニメブームを語るうえで避けて通ることのできない重鎮と言える存在です。

ただ旧作が制作されたのは1974年。
その時代的な限界か、全体像を概観しただけでもジェンダー観点からの評価には耐えないことが明らかな作品でもあります。

ヤマト乗組員が紅一点の森雪以外はすべて男性で、必然的に艦内での「ケア労働」および「補助的労働」は全部 森雪の役目となっています。

あまつさえロボットのアナライザーにスカートめくりをされるなどのセクハラ被害に遭ったりしますし、その点を直訴されたときの沖田艦長の対応もまた(現実の企業社会で女性構成員がセクハラ被害を訴えても男性上司が真剣に応対しない事例を引き写したように)のらりくらりとしたものだったりするのです。

そうして、全体を貫くテイストはあくまでも「戦う男、燃えるロマン」(←主題歌2番の歌詞[作詞:阿久悠]より)。

山場であるドメル将軍との艦隊戦などは、まさに「男と男の戦い」といった雰囲気で価値あるものとして描かれたりしていたものです。

そんな『宇宙戦艦ヤマト』のリメイクである『2199』が、多少の設定とストーリーの改変を施され、絵柄がキレイになったくらいで、見る価値のあるアニメに生まれ変わるのかどうかは、はなはだ疑問でした。

いっそのこと、女子が嗜む武道・宅配道に勤しむ黒猫女学園の女子高校生たちが、廃校の危機を回避するために16万8千光年の彼方まで荷物を集荷に行って戻ってくるミッションクリアに挑む物語『宇宙宅急便クロネコヤマト』!」くらいまで翻案する(…それはソレで見てみたい気も(^o^;))ならともかく、『2199』は旧作に忠実なリメイクというふれこみです。

しょせん骨組みは旧作の『宇宙戦艦ヤマト』。それをちょっとリフォームしたところで、あたかも「戦艦大和」を「宇宙戦艦ヤマト」として甦らせるがごとく、上手いこと今どきの鑑賞に耐える『2199』に再生できるものでしょうか?

ましてやオンエアされるのは日曜日の夕方。
同じ日の朝には『ドキドキプリキュア』も放映されており、かつての『ヤマト』と同じ「テーマは愛」を標榜したうえで、相応のクォリティを保った物語が進められているのです。

朝にソレを観たばかりの視聴者をじゅうぶんに納得させるには、旧作のような、勢いでガミラスを全滅させ、すべてが終わった後になってから、とってつけたように「僕たちがすべきことは戦うことじゃなくて愛しあうことだった!」というようなセリフを入れてお茶を濁す展開では、到底無理なことも明白です。

生半可な姿勢でのリメイクだと、映像だけは美しい、見るに耐えない作品が1本出来上がるだけ。
そうならないように、本当にしっかりと取り組むのだとしたら、そのハードルは相当に上がってしまっている――。

そんなわけで、元々、旧作にはハマり、続編の劇場版『さらば』には涙し、しかしそのラストを改変した『2』以降節操なく続編が作られ続けて興ざめして以来、『ヤマト』はすでに自分の中では「終わコン」となっていたワタシとしては、『2199』にもさしたる期待を抱くことはありませんでした。


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§画像は放送画面より。この一連の記事中同じ


はたして、放送開始から数話にわたってチラ見したところでは、その予測はおおむね外れていませんでした。

たしかに映像はキレイです。
旧作の設定の杜撰だった部分はしっかり造り直され、全体として今風のアニメに仕上がっています。

そして「ジェンダー」面でも今の時代に合わせた改善が図られています。
数的にも質的にも女性乗組員が増強されていました。

それでも、この時点では、あくまでも類型的な「女性の社会進出」描写、男目線の男女共同参画。「ジェンダーの問題も配慮してあげましたよ」という恩着せがましさが、かえって鼻につくような印象さえしないではありません。

当初は「女性らしい」部署に配属された山本玲が念願どうりに艦載機パイロットに配置替えされるまでのエピソードも、深夜アニメのようなカッとび方とは、まだまだ乖離がある凡庸さを感じました。

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そうして、端々に滲むホモソーシャルのマッチョな価値規準。

やはりしょせんは「ニッポンの男のアニメ」。
その骨組みはいかんともしがたいのでしょうか。

沖田艦長も、油断すると「これは男と男の約束だ」みたいな台詞を口にします。

話数としては後半にあたる、ドメル将軍との決戦編のくだりも、その意味では旧作のテイストがほとんど忠実に再現されることになります。

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ドメル将軍が、決戦を前に、待ち伏せするためにヤマトの航路を推理する際などは、「もしヤマトの艦長が、私が思ったとおりの【男】なら……」なんて言ってます。
その数話後ではデスラー総統までが、人質状態の森雪に、「ヤマトの艦長はどんな【男】だね?」と尋ねたりします。

しかし、その時点ではドメルもデスラーも、沖田艦長に会ったことはないわけですし、その人物像についての情報もほとんど得ていない(だからこそ推測や質問をしている)わけです。

それなのに、なぜ【男】と決めつけている!?

……………。

いゃー、コレ、ヤマトだから結果的には正解してますけど、もしも相手が「弁天丸」だったりしたら、どうするつもりだったのでしょう!?
顔を合わせたときにめっちゃ気まずいでっせ(^o^;)。

「ど~も、加藤茉莉香でーす。コスモリバースシステム、受け取りにあがりました~」

冗談をさておいても、女子高生海賊・加藤茉莉香の弁天丸船長ぶりを総合評価すれば、沖田艦長にも決して引けを取りません。

そういう女性キャラクターが、日本のアニメ界にはすでに存在するにもかかわらず、このような決めつけをセリフに織り込んでしまうのは、あまりにも不用意だとの思いを禁じえません。

そういった雰囲気を、最初の数話で感じたワタシは、やはり『宇宙戦艦ヤマト2199』には見る価値ナシ――、そういう判断に至りつつあったのです。


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そんな評価が覆ったのは「第10話:大宇宙の墓場」でした。

※【参考】NAVERまとめ《宇宙戦艦ヤマト2199》旧作との相違点[第10話 大宇宙の墓場]
 → http://matome.naver.jp/odai/2137050341406711201

この回は、ヤマトが次元断層に陥ってしまい、偶然近くにいたガミラス艦と協力しあう以外に脱出の方法がない……という状況になるのです。

さりとて敵を信頼しても大丈夫なのか?
そんな約束が本当に成立するのか??

そんな中、交渉のためにヤマトへやって来る1人のガミラス人。
それが若き女性将校、メルダ・ディッツ少尉でした。

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ここで、それまでは「謎の敵」であったガミラスが、地球人と同様の人間体であることが、作中の地球側にとっては初めて判明します。
しかも女性! …と驚くヤマト乗組員も少なくありません。

旧作での、このシークエンスに該当するエピソードでは、ガミラス人の捕虜は「普通に」男性でしたから、ここでもリメイクにあたってのジェンダー配分の再考が見られます
(次元断層とそこからの脱出という枠組みの部分に関しても、旧作とは異なる経緯に変えられています)。

そしてこれが、兄を殺されガミラスを憎んでいた山本玲と、ガミラス将校メルダ、『2199』へのリメイクによって初めて女性キャラとして配置されることになった2人の邂逅でもあったのです。

仇敵だと思っていたガミラスは「同じ人間」で「同じ女性軍人」、しかも今から協力しあう関係。
はたして、そんな敵だったはずの相手と確執を乗り越えて手を取り合い親交を深めることが可能なのか!?

……………。

驚きました。

なんとこのとき提示されたこれらの命題
すなわち「敵との約束は信頼してもよいのか」と「敵と仲よく友だちになれるのか」。

同じ日の朝の『ドキドキプリキュア』とまるカブりではないですか!!

※【参考】東映アニメーション公式サイトあらすじ
「第19話 クリスタルをかけて!ジコチューのゲーム!」
 → http://www.toei-anim.co.jp/tv/dokidoki_precure/episode/summary/19/

まさかの『宇宙戦艦ヤマト2199』がプリキュアと同じ題材に挑戦っ!?

たしかに、同じ日にそこまで内容が重なったのは偶然かもしれません。

それでも、この一件で、『2199』がプリキュア的な何かに取り組もうとしているという手応えは明らかになったと言えるでしょう。


そう思って、ひとつ前の回「第9話:時計仕掛けの虜囚」を見直すと、これは旧作には直接対応するエピソードがないオリジナルなストーリーだったのですが、テーマ的には「ロボットにも心はあるのか?」という問題を扱っているという点で、上述したアナライザーが森雪にスカートめくりを仕掛ける回と対応します。

※【参考】NAVERまとめ《宇宙戦艦ヤマト2199》旧作との相違点[第9話 時計仕掛けの虜囚]
 → http://matome.naver.jp/odai/2136991241174413201

つまり旧作当時は、人間と同様の感情があることを示唆するためにアナライザーにさせることがスカートめくりだったわけです。
これは往時の制作者の発想の貧困と言わざるを得ないでしょうし、1974年というのがそうしたセクハラ行為描写がまったく問題視されずに許容される時代背景だったのも確かです。

しかしそんな「ロボットにも心はあるのか?」という同じテーマの回が、旧作のようなセクハラ回から、『2199』では9話の見事に叙情的で美しいエピソードに改変されてたあたりからも、制作陣がリメイクにあたって何をすべきかよくわかっていることを窺えたかもしれません。


そうして、11話で反目を乗り越えて一定の親睦を深めた山本玲とメルダは、後半で再会した後は、さらに信頼関係を強めていき、地球とガミラスとの和解へ向かう流れの象徴的な存在となります。

他の女性キャラも含めた関係性描写も、どんどん厚くなっていきました。

そして歴史に残る22話。
山本玲とメルダたち女性キャラがヤマトの食堂に集って、みんなで特製のパフェを食べながら女子トークを繰り広げるという場面が描かれます。

「地球のため、も大事だけど、友だちといっしょにチョコパフェ食べたりする、ごく普通の日常が大切で、それこそが何よりの平和……」
初代『ふたりはプリキュア』の第1期エンディング主題歌では、後々のプリキュアシリーズ全体にも通ずる、そんな趣旨が歌い込まれているように、【パフェ】を囲む女子というのは、まさに象徴的です。

『宇宙戦艦ヤマト2199』が、もはや旧作『宇宙戦艦ヤマト』ではない別の何かに変容したことが確実になったことを高らかに宣言するシーンだったと言えるでしょう。

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この後のガミラス本星での最終決戦では、メルダの協力のおかげもあって、ヤマトは有利に首都攻略をすることができます。
余裕のある状態ゆえに、民間人の被害も抑えられ、旧作のように必死の反撃を続けた結果ガミラスを壊滅させてしまうこともありません。

そして逆に、狂気にとりつかれたラスボス状態のデスラー総統によって破滅のピンチに瀕してしまった首都を、(ヤマトだけとっとと脱出するという選択も可能だったにもかかわらず)波動砲で危機を除去し、以てガミラスの大勢の人々を救うという結果をもたらしたのです。

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あと、山本玲×メルダの他にも、地球・ガミラス両陣営間での女性キャラの関係描写として森雪×ガミラスの諜報を司っていたセレステラの交流がありました。

地球への途に就いたヤマトが、じつはまだ生きていたデスラーの追撃に遭い、艦内で白兵戦となった際に、森雪が命を落としてしまう原因は、旧作では「だって古代くんが死んじゃう」と試運転が済んでいない「放射能除去装置」を動かしたことですが、『2199』では、銃撃からセレステラを庇った結果になっています。

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すなわち、女性キャラにとって守るべき大切なものが、異性愛的な価値規準に基づいた「男」よりも、女性どうしの関係性のほうに改変されたのだと読むことが可能です。


というわけで『宇宙戦艦ヤマト2199』、たしかにいわゆる「熱い男のドラマ」が見たい層に対してはアリバイ的に旧作そのままの昭和仕様と思える部分も入れていましたが、つまるところ特に中盤から終盤にかけては、物語を動かしていく鍵となったのは、女性キャラどうしの関係性進展を取り巻くものでした。

大切なのは、相手との関係性の中で相互に配慮しあい、気持ちを尊重しあい、ときに癒しあうこと。
そしてそんな中で、より多くの人々との間で共感・協調・共生の輪を広げていくことこそが問題解決の糸口となることが提示された展開は、まさに「ケアとキュア」に立脚した物語です。

そうして、そこで何が描かれたのかを端的にまとめれば……
敵とも友だちになる
敵陣営の人々をも助ける

……………。

これはもう、

なんというプリキュア展開! (^o^;)

地球とガミラスの間で起きた紛争を、おそらくはプリキュアであればこんなふうに解決したにちがいない、その様子を『2199』は、『宇宙戦艦ヤマト』の枠内で可能なかたちで描き出したのでした。


こうして、旧作に忠実なリメイクという体裁を維持しつつ、旧作とはまったく異なるコンセプトの別の物語に生まれ変わった『宇宙戦艦ヤマト2199』

誤解を恐れずに極論すれば、『ヤマト2199』は【宇宙戦艦ヤマトの皮を被ったプリキュア】だったと言えるでしょう。

  


◎そんなわけなので、2014年12月に公開されるという『宇宙戦艦ヤマト2199』を受けて制作される劇場版新作、その内容はもう『2199』のストーリーをプリキュア風に再解釈したオリジナルアニメでイイんじゃないかなという気がしてきました(^^ゞ
サーシャとユリーシャというイスカンダル王国から来た妖精に請われてユキ、マコト、ユリア、アキラらが「伝説の戦士」に変身、ガミラスランドの繰り出すユウセイバクダーンと……w
てゆーか、仮にそこまでの改変を加えたとしても、『2199』の基本的なストーリーラインは維持できそうなところが、もはや何をか言わんやですね。


◎ヤマトがイスカンダルまで受け取りに行くのが、旧作の「放射能除去装置」から『2199』では「コスモリバースシステム」なるものに変更され(その理由はいろいろあり、各種の大人の事情が絡んでいることも推察されるものの、旧作のように海が干上がり生態系が壊滅してしまった地球から放射能だけ除去しても元のような青い地球になるのは無理なので、それも考慮すればやはり正しい改変ということになる)ましたが、その設定もまた、まさかのプリキュアで敵を倒したら破壊された箇所も元どおりになる、いわゆる「謎修復」を、もっともらしい科学的説明をつけて装置化したものとでも呼べるものだったりしました。

 


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コメント 1

オーバーロード

 『宇宙戦艦ヤマト2199』において女性キャラが増えた理由は、聞くところによると、旧作と同じでは①森雪一人の役割が多すぎて不自然、②あまりにも「花がない」というものだったそうです。①はまだ理解できますが、②にいたっては悪い意味でいかにも「男性的」な理由であったと言えるでしょう。
 実際、新キャラの多くは若くてかわいい女性ばかりと言ってよく、中高年以上の女性クルーは全く登場しませんでした(最年長の新見薫でも27歳)。また、上位の立場にあるキャラも情報長の新見薫くらいだったと言えます(なお、敵であるガミラスにしても上位者と言えるのはセレステラだけ)。残念ながらこの作品で女性キャラを増やした理由は、ジェンダーギャップの是正という高尚な目的よりも、「萌え」目当ての男性視聴者を満足させるためだったという見方の方が適切だと思われます。

 しかし、このどうしようもない理由で増やされた女性キャラが作品内で予想外のプラス効果をもたらしていたと思います。登場させた以上は全員を「助けを待つだけのお姫様」にするわけにもいかないので、様々な活躍の余地を与えざるを得ません(人気女性声優が演じるキャラを粗略には扱えないという事情もあったろう)。そして、旧作との兼ね合いから「男同士のライバル関係」(古代進とデスラー総統、沖田艦長とドメル将軍等)は崩せませんので、必然的に女性キャラ同士の関係性が深まったのではないでしょうか。そのことが一歩間違えば旧作以上に女性蔑視的になってしまう危険性があった本作品を「怪我の功名」的に救ったと思います。
 なお、旧作であった意図的ではないにせよヤマトのせいでガミラス皆殺しという悲惨な結末が修正されたことは素直にほっとしました。

 余談ですが、旧作においても雪以外の女性クルーはいたそうです(モブキャラというだけ)。また、テレビシリーズ第三作目の『宇宙戦艦ヤマトⅢ』では、確か雪を除く女性クルーが途中で降ろされてしまうという描写がありました。その理由が「二つの星間国家による戦争に巻き込まれそうなので女には危険」というジェンダーバイアスむき出しの代物でした。「ジェンダー観点からの評価には耐えないことが明らかな作品」という評価も無理からぬものがありますね。
 不思議なのは『宇宙戦艦ヤマト』より前に制作・放送されていたアメリカのSFドラマ『スタートレック』では、女性クルーは当たり前のように存在し活躍していたということ。もちろん、現代から見れば少なからぬ限界がありますが、少なくとも旧ヤマトよりはるかに進んでいました。当時の日本のスタッフの発想が非常に古臭かったことが分かります。

 

by オーバーロード (2017-12-02 20:41) 

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