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ポルノ表現規制の対立は世界認識のリアリティの相違に由来した! [メディア・家族・教育等とジェンダー]


ほんのネタ記事のつもりが、予定外に膨らんで、あまつさえこのブログのデフォ文体じゃなくて「だ、である調」になっちゃってますが、本館回しにするのもちょっと違うっぽいので、とりあえず(^o^;)
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スタジオジブリの新作劇場アニメ映画『コクリコ坂から』の公開が始まった。

そして、このところ、その宣伝も兼ねてか、前作『借りぐらしのアリエッティ』のDVDのコマーシャルや、ズバリいくつかの過去作品がTV放映されていたのは、まぁよくあるパターンだと言ってよいだろう。

ただ、そんな過去作品放映のラインナップに、『もののけ姫』や『魔女の宅急便』などはあったものの、近作である『崖の上のポニョ』のタイトルは見当たらなかった。

なぜか?

まぁ、順当に考えて、大津波による甚大な被害が発生した東日本大震災に鑑み、海が溢れて街が水没するような描写がある作品は避けられたという理由は想像に難くない。

ことに今回の津波は、従来は警報が出てもせいぜい数メートル、場合によっては数十センチというレベルだったのに対し(もちろん1m未満の津波でも押し寄せてきたら人や物を押し流すにじゅうぶんな破壊力を持っているらしいので、決して侮れないが)、まさにアニメでの誇張された津波描写に匹敵する数十メートルの高さ。

それによって住み慣れた街が壊滅し命からがら避難した人々も数多く、家族や親しい友人などが亡くなったりもしているはずななかで、そうした災害を想起させる映像は、この時期には不適切というのは、まぁ妥当な判断だと言わざるを得まい。


◎『ポニョ』の他に宮崎駿監督作品としては『未来少年コナン』にも大津波のシーンがある。
また1980年代のロボットアニメ『宇宙戦士バルディオス』の終盤にも世界中を大津波が襲うという描写があったりするが、そこではその後さらに放射能汚染が問題になるなど、今日の現実と恐ろしく照応する展開がある。
なお『未来少年コナン』の作中では太陽エネルギーが原子力の暗喩として批判的に位置づけられており、同様に太陽エネルギーによって生み出される潤沢な電力を用いた「超磁力兵器」は現実の核兵器と対応するものとして描かれている。
しかしながら、今日の実際においては、太陽光発電などの自然エネルギーへのシフトは、むしろ積極的に推進すべきものであり、この機に脱原子力を目指すことは、福島の高すぎる授業料を少しでも回収するための、唯一の道だろう。
ちょっと考えればわかる簡単なことだが、『未来少年コナン』作中で核兵器をはるかに上回る破壊力と設定されている「超磁力兵器」による世界全面戦争が起こったにもかかわらず、物語の主要舞台であるその20年後の世界においては、自然が豊かに再生しており、かつての文明の残滓としての汚染が生き残った人々の脅威として差し迫っていないのは、「超磁力兵器」が放射能を出さない“クリーン兵器”(←語弊のある表現だが、こうした兵器の存在自体がダーティだという基本を押さえたうえであえて)だったからだろう。
この点は、同じ宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』と比較してみると明白で、ある意味で平和で豊かな社会を運営しているハイハーバーの人々が、腐海の瘴気に脅える必要がないというのは、風の谷から見れば、とてつもなく恵まれたことではないだろうか。

前例を繙くなら、現実に発生した何らかの出来事を受けて、直後に予定されていた映像作品が放送中止・放映延期になったり、あるいは場面の編集・画像の修正を施されたりということは珍しいことではない。
過去の津波災害と『未来少年コナン』の再放送が一度ならずかち合ったことも、そのほんの一例だろう。

フィクションの映像作品における(「映像」作品に必ずしも限る必要もないが。以下同じ)インパクトのある描写が、実際の出来事と重なってしまったとき、多くの人がそれらをフィクションとして素直に消費できなくなり、特に何らかの出来事の直接の被害者にあたる方々には、激しい感情的な動揺を引き起こすとすれば、当該映像の公開に慎重が期されるのは必要なことと言える。

逆に言えば、インパクトのある描写が受け手が納得した形で受け入れられるためには、その内容があくまでもフィクションの表現だという共通理解が可能でなければならないのだということになる。

それゆえに、制作当時はフィクションであっても、後に人々が「本物」を目撃してしまったがために、受け取られ方が変化するような事例もあるだろう。

映画『アルマゲドン』の序盤の見せ場、マンハッタンが隕石群の襲来を受け、あちこちで破壊が起きて人々はパニック、エンパイアステートビルが崩壊したりもする場面は、その好例だ。
かような実際には決して起こってほしくない事態が、しかし起きてしまった「9.11」以降、この場面は一般的には気の抜けたビールのような印象となり、一方で「9.11」のまさに現場に居合わせた当事者にとっては、トラウマを刺激する忌まわしい映像と化してしまったのではないか。

楳図かずおの名著『漂流教室』もしかり。
これはむしろ、今までに原作に忠実な映像作品化はおこなわれていない(大幅に脚色された映画やテレビドラマは存在するし、原作だってマンガなのだから広い意味では映像作品)のだが、だがしかしこの先もおそらくはおこなわれることはないだろう。

その不可能性の最たる理由のひとつは原作コミック2巻の展開にある。
まるごと砂漠化した未来の地球にタイムスリップしてしまった小学校の中で、自分だけは助かろうというエゴの権化となった給食屋の関谷は、あろうことか包丁を持って教室に乱入したうえ、児童にズバズバ斬りつけるのである。
これが、そんなことは現実には決して起こりえないこととしてでないのなら、どうしてエンターテイメントとして楽しん――もちろん一般的には子どもが斬りつけられる表現そのものにカタルシスを得るなどという意味合いではないだろう――だりできるだろうか。

言うまでもなく、その種の事件を本当に体験してしまった今日では、一般の人にとってはこれはありがちなプロットという評価に降格すべき凡庸さであり、そうして事件の当事者にとっては、まさに目をそむけたくなるような生々しい映像となってしまうことだろう。
わざわざそうした作品を、これから創る理由はない。

特定の表現が、あくまでもフィクションだと捉えられるか、それとも実際の出来事と結びつけて解釈されるのか、これによってその表現の意味づけは、このように大きく異なってくる。

フィクションとして描かれる内容が、もしも本当に起こったら、それはじつはこういうことなんだという現実を、多くの人々が正に目撃してしまったことによる、世界認識のリアリティの転換だと言い換えてもよいかもしれない。


翻って、ポルノ表現規制をめぐるイシューである。

ポルノグラフィにかかわる日本の現状は、もちろん問題が少なくない。

人権侵害(特に女性への)的な内容を含むポルノ表現が数多い中で、それらを見る側のメディアリテラシー的な読解スキル――いわばポルノリテラシーとでも呼べる能力が相応に涵養されるだけの性教育は、はたしてじゅうぶんにおこなわれているだろうか?
性教育が通りいっぺんのものでしかないことが、性情報を求める若者らをポルノグラフィに向かわせ、結果的に人権侵害的な誤った性知識を持たせていってしまっている悪循環があるとすれば、由々しき問題だろう。

また、ハードなポルノ表現を含む作品が実写で制作される場合、出演者(やはり特に女性)の過度の負担が、撮影の範疇を超えて、実際に人権侵害となってしまうような、いわゆる制作被害の問題も看過できない。
作品の制作現場が、本当に集団レイプの記録作業だなどという誹りを免れえない状況なのだとしたら、そんなふうになってしまうことを防ぐための各種の方策など整備が切に望まれるのは言うまでもない。

一方、だからといってポルノグラフィそのものが絶対悪であるかのような論調が跋扈するのにも、性をめぐる社会の未成熟を見る思いがする。
ポルノを活用することで、個々人のセクシュアルファンタジーが充足され、性的QOLを向上させることにつながるのなら、そのことは尊重されなければならない。
そこを「性はすべて罪悪」とばかりに包括的に否定しようとする向きがあるならば、それは別の面での人権侵害であろう。

そんな中での、昨今のポルノ表現に対する規制論議は、はたして不毛な消耗戦に陥っているようだと判断せざるをえない。

公平に見て、弱い立場の子どもたちが搾取される児童ポルノは、制作被害の中でもとみに重大な問題だし、その根絶が目指されることは決して悪いことではない。
とはいえ、いかに幼く見える子どもの性的な様子が描写されているからといって、アニメ・CGやコミックスを成人指定することに執心するような表現規制が、その方策として適切なのかとなると、甚だ疑問である。

つまるところ、ポルノ表現規制の論議は、推進派と慎重派が、それぞれ自説を一方的に主張することに終始し、論点はすれ違ったまま、話し合いはいっこうに進まない。

世の中に絶対の正義なんてないのだから、もう少し双方が歩み寄って落としどころを共同で見つけていくような作業に持っていかないと、その間にもポルノ制作由来の犠牲者は後を絶たず、問題の大きい規制法令がゲリラ的に可決成立することのしわ寄せなら結局はマンガを愛好する子どもたちが被るという、まさしくいったい誰が得するのかわからない状態が続くことになる。

はたして、なぜ両者は歩み寄れないのか?
どうして双方の議論は噛み合わないのか??
そして、いかにして各陣営の寄って立つ価値観は異なってしまうのか!?


さて、ここで、はじめに述べた件である。

その内容を、もっぱらフィクションだと捉えられるか、それとも現実と切実に連結して受け止めてしまうのか――。

これがポルノグラフィにも当てはまるとしたらどうだろうか?

例えばレイプもののポルノグラフィ。

これを、現実には決してあってはいけない事象を、それゆえにフィクションとして描いたものとして見ることができる人にとっては、自らのセクシュアルファンタジーを充足するための一助として消費することに、(制作被害などはないことが担保される限りにおいては)何ら問題は感じられないだろう。

反面、実際にレイプ被害を体験した人、もしくはそうしたレイプ被害者に感情移入するに足る体験をシビアに積んでいる人等々にとっては、たとえフィクションという建前であったとしても、レイプもののポルノグラフィが現実の記録であるとしか思えなくても無理はない。
この画像に写っているこういうことが実際におこなわれたらどうなるのか、それがどういうことなのかが解っているゆえに、瞬時にその深層を認識してしまう辛さでもあるだろう。

両者の間には、かほどにも世界認識のリアリティの相違が存在するのだ。


思えば、私たちひとりひとり、社会の中で置かれているジェンダーは異なるし、それぞれが抱えているセクシュアリティもさまざまだ。
割り当てられている世界は違い、望ましい世界の理想像も別個である。
そうした中で、ひとりひとりが蓄積していく経験も千差万別。
だから見えている世界――世界の見え方が、人によって違うのは当然だ。

このことをひとりひとりが踏まえ、自分が見ている世界の見え方は他者には理解され得ないところがあるという諦念を、お互いに引き受けた上で、かつ可能な限り想像力をはたらかせて相手の立場に思いを致しながら、すべての人の性的尊厳が大切にされ、全員のセクシュアリティが満たされる方策を、いっしょに考えていく。
これが、誰も犠牲にすることのないポルノ表現規制の、唯一の道なのではないだろうか。

ちなみに「世界の見え方が、人によって違う」とすると、何がポルノになりうるかというのも人によって異なることになる。
単に親が子どもの成長記録として撮影した映像が、別の人間から見ればポルノとして成立する可能性も考慮すると、例えば児童ポルノを定義することは困難である。
特定のポルノ表現物を持っているだけで処罰しようという、いわゆる単純所持の問題は、人間の多様性を強引に捨象した論議であり、社会が多数派基準で「これが問題ポルノだ」と措定したものがたまたま好みのポルノとなってしまう人だけを自動的に逸脱化してしまうという点で問題が多い。

 

§(2011/07/29)
 Silver_PON さんのコメント(ありがとうございます)にもあるように、見たくない人が、見たくないモノを、そして、見たくないときに、見たくない場所で見てしまうことのないように、そのモノや人に責任を転嫁するのではないコンセプトにおいて、確実な(もちろん安易で杓子定規なものではない)ゾーニングをおこなっていくことが肝要なんだ、そうした合意が今こそ大切なんだと私も思います。
ツイッターでもこの前ちょっと触れたのですが、エロいものを見たいことがある人(私も)でも、無条件に送りつけられる迷惑メールとか、主コンテンツはしっかりしたニュースまとめサイトなのに(そのまとめられているニュースのほうに関心があってアクセスしてみると)サイドバーはエロ広告バナーだらけとか、アレはけっこうダメージです


 


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コメント 1

Silver_PON

「1984」という作品や「図書館戦争」という作品には公序良俗を口実に言論弾圧が描かれています。まさに今、ジェンダーを口実に言論弾圧をしようとする現実、小説の中の世界が現実になっています。
性虐待被害を受けた方のその苦しみは想像を絶する事は理解できます。また、それゆえに性暴力を描いた作品を抹殺したいという気持ちもわかります。しかし、それらの作品を抹殺して自己の性虐待を受けたという記憶や事実は無くなるでしょうか?
私は、そのような「トラウマを受けるからそんな表現を消せ」では結果として世界の創作物は全て消滅し、残るのは携帯電話の説明書が通販のカタログだけになるでしょう。
私は創作物を楽しみたい方、または、自分のトラウマとなる創作物を見たくない方、両方のためには、ゾーニングしたらいいと思います1
by Silver_PON (2011-07-26 22:10) 

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