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都会が苦手な人必見の裏技! 谷町線から御堂筋線にラクラク乗り換え!! [経済・政治・国際]

大阪市内を移動するなら、市営地下鉄が密度の高いネットワークを形成しており、まさに公共交通の面目躍如と言ってもよい利便性となっています。

道路の渋滞に悩まされることもなく、土地勘がない来訪者にとっても、わかりやすい路線構成は利用しやすいものなのではないでしょうか。




ただ、そうは言っても大都会
ターミナル駅で郊外路線から乗り継ぐ場合などは、巨大な駅の複雑な構造の乗り換えルートに戸惑うことも少なくありません。

悪名高い「梅田ダンジョン」は、大阪府民ではあっても大阪市民ではない私のような郊外民に対して容赦なく新しいトラップを知らぬ間にアップデートして待ち構えています。
運が悪いと阪急梅田駅から出ようとするところから罠に引っかかりかねません。

梅田と並ぶ巨大ターミナル「なんば」でも、おおむね事情は同等です。
地下鉄御堂筋線と南海電車の駅の間の、あのものすごい高低差の乗り換えは、もはや何かの罰ゲームだとしか思えません(^^;)。

そして、それに類することは場合によっては市営地下鉄の路線どうしの乗り換えでも起こりえます。


大阪の地下鉄として最初に開業した御堂筋線は、今でも市内中心部を通って南北を結ぶ大動脈の座にあります。

官公庁街の地下をくぐって南は八尾市の「八尾南」、北は大阪モノレールとも連絡する守口市の「大日」と、両端が大阪市外まで伸びる谷町線もまた、それに次ぐ重要路線でしょう。

これら2路線の間を乗り継ぐというシチュエーションは往々にしてあるのではないでしょうか。

例えば谷町線の「大日」から御堂筋線の南の終点「なかもず(中百舌鳥)」まで行くことになったとしましょう。

素直に考えると乗り換えポイントは公式に案内されている2ヶ所。

ひとつは「天王寺」。
ここでは両路線が交差しています。

ただやはり別路線のホームをつなぐ駅構造はいささか入り組んでいます。
そがゆえに、ちょっと長めの&殺風景な改札内連絡地下通路を上ったり下りたりしないといけません。
これは精神的にちょっと負担感がありますし、地味に体力も削がれます。

それではもうひとつの乗り換え候補駅はどうかというと、コチラはもっと大変です。
東梅田」→「梅田」と、まさしく梅田ダンジョンの只中に身を投ずることになってしまいます。

この「東梅田」「梅田」両駅(と四つ橋線の「西梅田」の計3駅)は乗り換えの面では同一駅として取り扱われるものの、物理的な都合から実際の駅構造は名前のとおり別々の駅になっているので、乗り換えはいわゆる改札外乗り換えなのです。
谷町線の改札をいったん出てから御堂筋線の改札口をめざすために、あの人で溢れる梅田の地下街をかき分けて進まないといけないと想像しただけで、郊外民は疲労困憊になってしまうというのは、あながち過言ではないでしょう。

では、どうするか?

そこで路線図をもう一度よく見てみると、何やら谷町線の「文の里御堂筋線の「昭和町が、ずいぶんと近接しているように書かれています。

むろん模式図は実際の位置関係を表していないこともありえますが、ここをきちんとした地図で再確認すると、なんと両駅間は本当に徒歩圏内にあります。
だいたい200~300mくらい!?

その距離なら天王寺や梅田での乗り換えルートと、そんなには変わりません
むしろ、地下の改札内通路を上ったり下りたりさせられたり、人波の梅田ダンジョンをもがきながら歩くよりは、ずっとラクなのではないでしょうか。

 BL170612ChangeSubway.PNG


まず谷町線「文の里」駅の最も八尾南側である7番出入口から地上に出ます。
すると阪神高速の高架下のこのような通路に出ます。

 BL170612ChangeSubway01.jpg


その突き当りを、右手のアーケードの商店街へと進みましょう。

 BL170612ChangeSubway02.jpg


アーケードの商店街をまっすぐ抜けてそのまま進んでいきます。
そうすれば、やがて片側2車線の車道がある大きめの道(あびこ筋)に出ます。

 BL170612ChangeSubway03.jpg


それに沿って今度は左へ進むと、ほどなく地下鉄の入口らしきものが見えてきます。

 BL170612ChangeSubway04.jpg


ズバリそこが御堂筋線「昭和町」駅の北改札口へ下りる階段(1番出入口)です。

 BL170612ChangeSubway05.jpg


……なんともあっけない!

地図で見ても、コレだけのことです(線ルート)。

ちなみに、帰りはこの昭和町駅1番出入口を上がってきたら、すぐに右手の路地に入って、ほどなく交差する商店街のアーケードの道へ左折するのが迷いにくいと考えられます。
アーケードの道の突き当りを右へ曲がって少し行けば、文の里7番出入口に至ります(線ルート)。

 BL170612mapE.png

※商店街のアーケードの道を淡くピンクで色づけておきました


コレは絶対にラクです。
天王寺や梅田での乗り換えよりもオススメのルート決まりでしょう。

大阪の下町の風情を味わいながら少し歩けば乗り換えができてしまうのですから、地下道・地下街であっぷあっぷするよりは断然に快適。
商店街(どうしても昨今の情勢からシャッターは目立ちますが)の肉屋さんの店頭では揚げたてのコロッケも売られていたりします。

都心での人混み酔いが心配な郊外民にとっては、もはや一択とさえ考えられます。


◎文の里駅の4番出入口のほうを利用すれば、あびこ筋沿いに歩く一本道でよりいっそうわかりやすいという考え方もありますが、当記事では【郊外民がアウェイ感を感じずに落ち着いて歩ける】ことを主眼に上記ルートを推奨しました
(「片側2車線の車道がある大きめの道」自体が郊外民には都会体験になりえますので、それがなるたけ少なくなるように)。
距離は同等です。


とはいえ、ひとつだけネックがあります。
それは ¥¥運賃¥¥

この文の里→昭和町は、物理的にも一度改札口を出てまた入り直す改札外乗り換えの体裁をとることになりますが、東梅田→梅田のように正規の乗換駅とは設定されていないので、運賃計算は打ち切られて、初乗り運賃をそれぞれの乗車に対して支払うことになり、合計金額が割高になってしまうのです。
要は書類上は《乗り換え》ではなく、各々独立した2つの乗車だと取り扱われてしまうわけですね。

実際、大日からなかもずまで素直に乗れば370円。
ところがこのルートを採ると、大日から文の里が320円、昭和町からなかもずが280円で、なんと合計600円(゚∀゚)!
 ※各片道

う゛~む;
この差はちょいとばかしデカいですね。


しかし!!
その問題をクリアする方法も、さほどの難なく発見できます。

そう、定額で1枚購入すれば当日中は乗り放題の1日乗車券

大阪市交通局では「エンジョイエコカード」という名前で販売されており、これが大人1枚800円。
これで往復するのなら、370円×2とも、そんなに大きな差ではなくなります。
もしも帰りに地下鉄沿線のどこかに立ち寄る用事があったりするのなら、その正規運賃は軽く総合計800円を越えるので完全におトクになります(いくつかの美術館・博物館などの料金が割引になる特典も「エンジョイエコカード」の提示で受けられます)。

しかもこの「エンジョイエコカード」、土日祝なら600円(子ども料金なら全日この半額の300円)
それなら仮に素直なルートで往復するだけよりさえも安上がり。



というわけで、この公式には案内されていない乗換ルートと1日乗車券の合わせ技。
機会が巡ってこられた方は、ぜひ検討してみてください。

何事につけ、「これしかない」と思い込まずに、創意工夫アイデアを具現化することは、かように人生をラクにすることに資するのではないでしょうか。


◎冒頭で述べたような阪急や南海などと地下鉄の間を乗り換えるのも、都心部に不慣れな郊外民はできるだけ梅田やなんばターミナルでの乗り換えを避けるのがコツです
(ソコ自体に用事があったりする場合はしょうがないですが)。
例えば、阪急京都線の高槻市あたりから南海電車沿線へ行く場合なら、(阪急「淡路」で梅田方面行きとは分岐し)「天神橋筋六丁目」経由で相互乗り入れの地下鉄堺筋線に直通して、その終点の「天下茶屋」から南海に乗り換えるルートを使うのがスムーズです。

◎このほか乗り換え駅の検討には「始発駅から乗るほうが座りやすい」「快速停車駅でないと後が不利」といったファクターもからんでくるので、むろんそのあたりも勘案して決めることになるでしょう(あと「バリアフリー」とかも…)。
ちなみに大阪の地下鉄は基本的にすべて各駅停車です。


◇◇
◇◇


唐津聖地巡礼余話:男女二分社会の闇はまだまだ深い!? [メディア・家族・教育等とジェンダー]

お知らせブログの記事にまとめてあるとおり、今年度の「夏の旅行(母娘男旅)」は3月に実施済みです。


行き先に含まれる唐津は、引き続きアニメ『ユーリ!!! on ICE』の聖地巡礼で賑わっているところなのではないでしょうか。

で、今般の旅行に関連して、お知らせブログの記事では語りきれなかったことを、後日ツイッターにて3点ほど補遺しましたので、その内容をあらためてここにまとめておこうと思います
(いちおう「ツイログ」もあります)


まずは「巡礼者の男女比モンダイ」。

 


[ ある種のクィアセクシュアリティにもつながる内容のコンテンツなのに、その主要なファン層が一定の指標によって「男女」に分かたれてしまうというのは、そうした分断に該当せずにさまざまなコンテンツを楽しめる立場からすると非常に奇異に映るし、その前にもったいないという気が多分にしないではない ]

……せっかく作品で描かれている内容は男女という指標を越えて登場人物らが深い関係性を紡ぐことが多くなってきているのに、イケメンが登場する作品は女性向け、美少女がたくさん出てくるのは男性向け……という硬直した分断がいつまでもなくならないのは、いいかげんどうにかならないものかなぁと思います。


次に大刀洗での戦争について馳せた思い。

 


[ 1機だけ撃墜に成功したというB29の乗組員たちは、いわば敵だし、そのときの空襲では小さい子どもまで死傷してるものの、今となっては等しく戦争の犠牲者。そう思って遺影を見ればみんな気の良さそうな好青年。戦争という状況でなければ、当時の大刀洗の人々と友好的に出会うこともできたろうに ]

[ そのB29乗組員らの遺族の立場になれば、当時は米軍の優勢も決していた時期、ニッポンの片田舎までちょっと爆弾を積んで飛んでいくだけの簡単なお仕事だったはずなのに、なんでウチの子たちだけ帰ってこないの!? …ってなるわけだし ]

[ で、空気が重くなりすぎたので
「……まさかこの乗組員たちの中に、今度のミッションが終わったら除隊して故郷に帰って結婚する予定やった人とかおったんかなぁ」
「あ゛~」
とオチをつけて場を和ませることに; ]

……端的に言って、戦争による悲劇を市民に味わわせないようにすることが国家のお仕事ですね。


最後に「九州は学校ジェンダー問題の暗黒大陸なのか!?」案件。
(スミマセン; ↑煽りすぎというか↑ちょっと釣り小見出しですネ↑)

 


[ (「個人情報」よりも「地元の若者達の晴れ姿をみんなで共有する」ことのほうが優先されるというカルチャーにも初見では戸惑いましたが) ]

[ で、しばらくそのまま見てたらどうもオカシイ。卒業生として名前を呼ばれ返事をして起立していくのが男子ばかり。
「あれ、男子校? 公立ちゃうん?」
「もしかしたら工業系の高校か何かかも…」
と親子で訝っていたものの、少しすると今度は女子ばかりが呼ばれるように。
「ここは女子クラス?」 ]

[ しかし、ソレらが何セットか反復されると、さすがに私たちも気が付きました。
「こ、コレは、まさかの…」
「あの伝説のっ!?」
「男子が先・女子が後の《男女別名簿》!」
「……は、初めて見た;」
「ま、まだこんなところで生き残ってたのか~」 ]

[ というわけで、小中高と男女混合名簿に慣れ親しみソレが当たり前になってる満咲と、それに保護者として接してきたワタシとしては、あらためて軽くカルチャーショックでした; ]

[ とはいえ、そう思って画面を見直すと、卒業生たちの風貌などから察するに日頃の服装指導などでも男女別に別個の基準があって、以て全般的に男は男らしく・女は女らしく的な風潮も醸成されていたのではないか? と; ]

[ 「……なんかセクマイには過ごしづらそうな環境やなぁ;」
「地元では歴史ある伝統校っぽいけど、その観点からだとシビアやな、やっぱり」
「相談できる先生とかおったらエェけど、そうでなかったらキツいで」
「ぐぬぬ……」
……とまぁそんなことを親子で話し合うことになった九州の夜なのでした ]

あらゆるジェンダー問題は、人を単純に「男女」に二分し、そのことに疑問を抱くことなく両カテゴリの構成員に対して各々異なる取り扱いを反復することによって、つねにすでに強化再生産されるわけです。
学校という公教育の場が、むやみにソレに加担することのないように、今一度、不必要に男女を区別した取り扱いは見直していくことが望まれるところでしょう。
それが性的少数者のみならず、すべての児童生徒が生き生きと過ごしやすい学校運営につながるはずです
(今回はたまたま、男女二分的なジェンダー意識が強いというステレオタイプがある九州での事案でしたが、むろんこれは地域を問わず意識的に取り組まれるべきことです)。


 


ということで、そもそも「男女」という区分は、なぜそれほどまでに重要なものとして必要とされているのか。
その背後にある「異性愛」規範もまた、どうしてそこまで執拗に執行されようとするのか。

そのあたりを意識的に疑い続ける習慣は、ぜひ持ちたいところです。


◇◇


アニメアイドルは現実世界に関わる力を持っている [メディア・家族・教育等とジェンダー]

さて前記事にてタイトルだけ紹介したアイドル事変ですが、なかなか見どころのある展開が続いています。

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※画像は放送画面や公式のサイトから(以下当記事中同じ)

 → 「アイドル事変」公式サイト


アイドルアニメもすでに乱立している中では、この作品のように「アイドルが国会議員というユニークな捻り方は印象的です。
たしかにリアルに寄せすぎたシビアな政治ドラマを描くことは避けられていますが、アイドルの表象やアニメとしての作劇とのバランスを考えれば、妥当な塩梅ではないでしょうか。
アイドル議員のライブによってアイドルオーラが発散され、それによって敵対政党の議員たちがメロメロになって改心する(いわゆるマクロスシリーズの「で、デカルチャーっ!」的に)という展開も、フィクションの物語の楽しさというものです。
そうした中で、さまざまな社会問題には思いのほか真摯に向き合って解決策を模索し、既存の常識にとらわれない斬新なアイデアや実行力を示す様子などは、この国の政治の閉塞した状況に本当に一石を投ずるものとも言えましょう。

昨年の「ユリイカ」のアイドルアニメ特集(ユリイカ2016年9月臨時増刊号 [総特集=アイドルアニメ] 青土社)で私は寄稿した「『マクロスΔ』の三位一体とケアの倫理の可能性」にて

…「ケアの倫理」に基づき、仲間との関係性の中で相互に配慮しあい、気持ちを尊重しあい、ときに癒しあいながら、より多くの人々との間で共感・協調・共生の輪を広げていくことを期して歌うアイドルたちの物語には、公的領域の「正義の倫理」のしがらみの中で膠着した諸問題をときほぐす希望がある。
(中略)
現在の日本のアイドルアニメのアイドルたちは、アニメ作中でそうしているように、もはやじゅうぶんに現実世界に関わる力を持っている。軍事的な衝突の場のみならず、政治や経済など、公的領域のあらゆる局面に「ケアの倫理」が届けられたら、それは世界をもっと平和で豊かな方向へ構造変革することにつながるはずだ……

…と述べましたが、それをふまえると、まさしくこの『アイドル事変』は、アニメのアイドルが現実の政治を動かしていく力を持っているという指摘への、ひとつのアンサーになっているとも思えます。


  

  


特にここまでで注目に値するエピソードは、例えば第5話「事変05 保育園天国」

なるほど「保育園落ちた、日本死ね」が流行語になる今、政治の問題にかかわる以上は「保育園」は避けて通れないテーマでしょう。

親の就労時間中の保育は福祉施策として必要不可欠であるはずだという前提のもとで、敵対政党の議員による「女のシアワセは家庭に入って家事育児をすることだろう」といった因習的な価値観念が対比的に描かれるのも、現実に鑑みるとなかなか生々しいところを突いています。

この回では敵対政党の議員が翻意に至るのも(マクロス的「デカルチャー」ではなく)論理的な説得の結果なのですが、それが保育園に子どもを預ける母親たちが、じつは社会に欠かせないさまざまな職業のエキスパートである様子をあらためてまのあたりにした結果だというのも、思いのほか丁寧な作劇でした。

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第6話「事変06 TOO SHY SHY GIRL!」では、アイドル議員のひとりがシャイな性格のため委員会質問なども上手にできないことに悩みながら、自分なりのスタイルを確立していくプロセスが描かれました。

それ自体はわりとありがちなプロットとも言えますが、国会でのアイドル議員という舞台設定が効果して、いわば「男社会」であった政治の場には、いわゆる「普通の女の子」がそこで活躍するうえでの有形無形の参入障壁があり、現行の議院の規則や慣習が旧弊にとらわれすぎなのではないかという疑問を暗示しているようにも読めました。

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これより後の回では、敵対政党が政権与党の地位を利用して、さまざまな妨害工作を仕掛けてくる展開もあるようです。
既得権益を固守する政治の中枢に対して、果たしてケアの倫理は届くのか。
アイドル議員たちの取り組みの結末は見逃せないところです。

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ともあれ、昨年には選挙権年齢が18歳に引き下げられた今、こうしてアイドルという表向きの切り口を活かしながら、政治にかかわる内容がアニメに取り入れられるのは良いことです。

近年では『ガッチャマンクラウズ』が、やはり政治をめぐる諸問題に肉薄するドラマを展開するアニメとして注目を集めていましたが、『アイドル事変』もまた、その系譜に連なるものとして位置づけて評価してよいのではないでしょうか。


◇◇


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